Green Eyed Monster/Screen Died Goner 6
任務目標は"有色の親子の捜索"だったが、ウィリアムは任務目標を"有色の親子の救出"に変更していた。
このタイミングを伸ばせば救出は難しく、雀の涙ほどの報酬しか出せなかった少女が組合に救出依頼を出せるはずがないのだから。
ダクトを這い、格子を破り、施設最奥部に潜入したウィリアムを出迎えたのは、腑分けされた男の死体と所々が吹き飛ばされた肉塊だった。
不幸にもそれらには黒髪が生える皮膚が垂れ下がっており、近くにはその空洞を作ったのであろう冗談のような大口径のリボルバーが置いてあった。
内臓の腑分けは灰髪の人間達との違いを知るため。
繰り返された銃撃は生命力を知るため、そして何の成果も得られなかった苛立ちの捌け口になった。
その事実に辿り着いたウィリアムは、脅しのためにスチールデスクに置かれていたのだろう大口径のリボルバー――ハンドキャノンを手に取りながら舌打ちをする。
依頼人の少女にこの惨状を知られてしまう訳にはいかない。
自分でさえアドルフがこんな目に遭えば、冷静ではいられないとウィリアムは理解できるのだから。
2人の救出が叶わなかった以上、これ以上ここに居る理由はない。
脱出を決めたウィリアムが通ってきた道であるダクトを見上げたその時、黒い髪に隠された耳は金属同士が噛みあう硬質な音を捉える。
実験を想定された部屋の防音性は非常に高く、室外の足音1つウィリアムは聞くことが出来なかったのだ。
そしてぶつかり合う灰色がかった黒い瞳と、見知らぬ有色の少年に驚愕する灰色の瞳。
見つかってしまったという不測の事態に、ウィリアムは思わず右手に握っていたハンドキャノンの引き金を引いてしまった。
途端に撒き散らされる冗談のような銃声。
吐き出された銃弾は灰髪の男の頭を吹き飛ばし、ジャケットのパワーアシストで殺しきれなかった反動がウィリアムの右腕を躍らせる。
僅かに痛む右腕と駆け寄ってくる無数の足音に顔を顰めたウィリアムは、スチールデスクを横に倒して身を隠す。
この施設はおそらく実権施設、応援を呼ばれる前に片付けて脱出しなければならない。
即座に思考を走らせたウィリアムはハンドキャノンと、防衛部隊の支給品であるハンドガンを取り替える。
手に馴染むオートマチックの銃口をスチールデスクの淵に沿わせ、ウィリアムは深く息を吸い込む。
プライベートでこそいい加減なアドルフ。しかし戦闘における思考において並ぶ物が居ない優秀な指揮官だった。
1つの狂いも許されない数式のように。それでいて答えに辿り着くのが必然であるように。
行うのは、ただ自らが思い描く勝利に向けて駒を進めるだけの戦闘。
それが守るべき全てを救い、殺すべき敵を全て殺しつくす近道なのだと。
アドルフにそう教え込まれたウィリアムは、目に入った人影に躊躇いなく引き金を引く。
先ほどとは違い比較的穏やかな銃声、しかし変わらぬ殺意を内包した弾丸がアサルトライフルを構えていた男の頭部を貫通する。
突然訪れた仲間の死、撒き散らされた固体が混じる飛沫。
男達は恐慌しながらも室内へと銃口を向けるが、既に行動を始めているウィリアムには遅すぎた。
扉が開かれた廊下に立ちすくむ3人の男、ウィリアムは躊躇いもせずに引き金を引く。
コンクリートの壁をウィリアムの拳銃の弾丸が穿ち、スチールデスクをアサルトライフルから吐き出された弾丸が抉り続ける。
その間にもウィリアムはただ引き金を引き続ける。
初撃で1人の腹部を撃ち抜き、追撃でもう1人の眼球を撃ち抜き、駄目押しにもう1人の腕を撃ち抜く。
倒れこまれてしまった事により、視界の外へ逃れられてしまった敵対者達。
ウィリアムは好転しない事態に思わず舌打ちをしてしまう。
敵対者達のような組織ではなく、単独で潜入をしているウィリアム。
たった1人でこの施設から脱出しなければならないウィリアムは、些細なミス1つで命を落としてもおかしくないのだ。
再度舌打ちする事で苛立ちを紛らわせて、脳裏でちらつく"最悪の状況"に駆り立てられるようにウィリアムは耳を済ませる。
そしてウィリアムの耳に届いたのは、死に損なった男達の苦悶の声、自身の荒くなってしまった呼吸、それらに紛れる事のない重厚な足音。
予期してしまった通りの最悪な事態に、ウィリアムは思わず頭を抱える。
単独での隠密潜入を想定していたために、ウィリアムの装備はとても貧弱な物であり、自身が思い描いてしまった"ソレ"に対抗するのは難しいようウィリアムにはに思えたのだ。
そんなウィリアムの懸念を裏付けるように響いた2発の重厚な銃声、それと共に聞こえなくなってしまった敵対者達の苦悶の声。
ウィリアムはゆっくりとスチールデスクの端から顔を出した。
全身を覆う真っ白なパワードスーツ、ハンドキャノンと同等に大口径のライフル。
そこに居たのは企業の私兵だった。
ウィリアムは咄嗟に拳銃の引き金を引くも、放たれた弾丸はパワードスーツの装甲に傷をつけるだけでその役割を終えてしまう。
分かりきっていたとはいえ、あまりにも情けない状況にウィリアムはため息をつく。
企業の私兵はウィリアムの姿を認めるも、向けられた銃口に殺してみろとばかりに両手を広げているのだ。
それはウィリアムにとってはまたとないチャンスではあるが、そのパワードスーツを攻略出来るほどの火力を持った武器がウィリアムには必要だった。
左手は愛銃の引き金を引き続け、右手はせわしなくありもしない何かを探し続ける。
やがて愛銃のスライドが止まり、ウィリアムは咄嗟に右手が探し出した拳銃を構える。
それはこの状況を引き起こしたハンドキャノンだった。
パワーアシストを持っても殺しきれない反動に、ウィリアムは忌避感を抱く。
しかし愛銃の弾は切れ、ハンドキャノンを除けば残った武装は文字通り歯が立たないタクティカルナイフのみ。
そして真っ白なパワードスーツに覆われた手が銃口が向けられた瞬間、ウィリアムはハンドキャノンの引き金を躊躇いながらも引いた。
何もかもをかき消すような冗談のような銃声、大口径の銃口から吐き出された大質量の弾丸。
弾丸は真っ直ぐ真っ白な装甲を穿ち、装甲を砕け散らせる。
瞬間火力がパワードスーツを破損させるポイントだという事は知っていた。
しかしロケット、アンチマテリアルライフルなどの高火力銃器でしか、パワードスーツの攻略出来ないとウィリアムは考えていたのだ。
たった1発でその認識を覆されながらも、ウィリアムは続けざまに引き金を引く。
再度放たれた大質量の弾丸は装甲の下、ショック軽減の層を食い破って内部の人間へとその身をもぐらせていく。
その運動エネルギーに導かれるように私兵は後ろへと倒れこみ、白を赤へと染め上げていく。
ヘルメット越しに聞こえる苦悶の声に、ウィリアムは聞き苦しいとばかりにもう1発弾丸を放つ。
ただの人が倒れただけでは鳴らないであろう重厚な音を聞きながら、ウィリアムは踊らされ続けた右腕の痛みに顔を顰めていた。
その後、施設に火をつけて脱出したウィリアムは、旧リヴァプールで依頼人の少女に"有色の親子は発見出来なかった"と報告をした。
それが正しい事かは分からないが、母の髪色を継いだのであろう茶髪の少女に事実を伝える事が出来なかったのだ。
しかし少女は激昂して、ウィリアムに石を投げつけた。
たった1人で移民達のキャラバンを守り通し、大規模な野盗のボスだけを殺した。
それだけの事をしてみせた傭兵が、親子を発見出来ない訳がない。
だからこそ、少女はウィリアムが手を抜いたのだと思ったのだ。
その考えはあまりにも的外れだったが、あまりにも小額の報酬がそれを少女の中で裏付けさせてしまった。
ウィリアムは報酬代わりの投石を額に喰らい、血が流れ出す額に手をやりながら走り去る少女の背中を見送るしかなかった。
そしてウィリアムの思考は過去から、テーブルに置かれた端末のディスプレイへと切り替えられる。
「……話が出来すぎちゃいないかね」
ようやく血が止まった傷口からガーゼを離し、ウィリアムはディスプレイに表示された新たな依頼に思わず嘆息する。
付近で企業の車両部隊が発見されたコロニーBIG-Cの護衛。
組合であれば傭兵の大隊を派遣するレベルの依頼に、ウィリアムは考え込んでしまう。
コロニーBIG-Cは有機プラントを所有し、それから生み出された有機食材によって豊かな富を得ている。
そのため金銭的な問題で組合に依頼を出せなかった訳ではない。
ならば罠か、とウィリアムは考えるも即座に否定する。
依頼人はチャールズ・アロースミスという富豪で、複製不可能なフレアのエンブレムが添付されていたのだ。
何よりフリーの傭兵を殺す事に意味などないのだから。
罠の可能性は低く、報酬は富豪らしい膨大なもの。
ウィリアムは躊躇いながらも、依頼受諾のメッセージを送信した。




