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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
3/190

Ride The Bullet/Hide The Cullet 3

「――さん、いらっしゃ――」


 頑丈さだけが取り柄の合金製の扉が叩かれる音と、張上げられる女の声。

 階段を上っていたアドルフは、面倒ごとの匂いに顰めていた眉を更に顰める。

 アドルフにとって住み慣れた我が家ではあるが、あくまでここは傭兵がたむろするスラムの集合住宅。


 そんな場所で女が騒げばどうなるか、など分かりきった話だった。


「――せえぞこら――」


 予想通りの展開にアドルフは深いため息をつく。


 女の傭兵がいない訳ではない。

 だが訓練されていない人間は男女の区別もなく、ただの弱者でしかない。

 荒くれ者とただの女。

 司法は死に、宗教は廃れ、モラルが腐ったこの世に置いてフェミニストなど存在はせず、このままであれば女は犯され見るも無残な姿になりおしまいだろう。


 しかしアドルフの懸念はその凄惨な結末ではなく、その声が聞こえてくる方角にあった。

 知っている限り、その声はアドルフの部屋の方から聞こえるのだ。

 もしその女の目的がアドルフであるのなら、おそらく至急の依頼、もしくはアドルフの殺害。


 前者なら「廃業した」と正直に告げお断り。

 後者はこんな間抜けな暗殺者(アサシン)が居る訳がないが、その背後を洗わなければならないするので無力化しなければならない。


 アドルフは面倒だとばかりに嘆息をするも、どうせ明日にはこのスラムから去っているのも事実。

 誰かの恨みを買ってしまったとしても、この広い世界のどこかのコロニーの個人を探し出すことなど不可能だろう。


「――りなさい! ――」


 方針を決めたアドルフの耳に届く、ヒステリックな響きを持つ女の声。

 頭がいい隣人に因縁をつけられる可能性に頭を悩ませながら、アドルフは階段を上る足を速める。

 荷物の整理はまだ終わっていない上に、アドルフの体はひたすらに疲労を訴えている。

 その状態で状況を長引かせるのは、アドルフの本意ではないのだから。


 やがてアドルフの視界に入る我が家。

 そこに居たのは見覚えのある隣人と、豊かな金髪を輝かせる少女だった。


 薄汚いタンクトップとカーゴパンツに身を包む男。

 一目で分かるほどに質の良い、青と白を基調にした乗馬服のようなフロックスタイルに身を包む少女。

 あまりにも不釣合いな両者は、アドルフの自宅前で口げんかをしていたのだ。


「黙るのは! てめえだ! クソアマが! キーキー! うるせえんだよ!」

「うるせえのはお前もだよ。人の家の前で叫ぶんじゃない」


 唾を撒き散らしながら怒鳴り声を上げる隣人に、アドルフは消えろとばかりに手を払う動作をする。

 隣人を初めとしたここに住む傭兵達は決して物分りが良いとは言えない。

 そのためアドルフとしては、これ以上に厄介なことになる前に事態に収集と付けたいのだ。

 しかし灰色の髪をした筋骨隆々の隣人は、気に入らないとばかりにアドルフに食って掛かる。


「てめえのところの客が! キーキーうるさくて! 起きちまったんだよ!」

「いや、俺の客かどうかも知らないよ。勝手に俺の責任しないでくれ。女に逃げられたのはそんなに器が小さいからじゃないのか?」


 いつものように直情的にかつ、アクセントをつけながら怒りを表現する隣人。


 アドルフはその隣人の器用な様に嘆息交じりに毒を吐く。

 並みの精神であれば、心が折られてもおかしくはない所業。

 それでも打たれ慣れてしまった隣人は、怒鳴り声を上げ続ける。


「ケニーが出て行ったのは! お前が! 俺をぶっ飛ばしたからだろうが!」

「いやいや、ケンカを売ってきたのはお前だろ? 毎回怪我させないようにぶっ飛ばすのって難しいんだぜ? 大体ソレが原因なら器以前の問題だな。原因が分かってよかったじゃないか、おめでとう」


 関係ない事を持ち出されてさらに憤る隣人、あくまで責任の所在は隣人にあると告げるアドルフ。

 その2人の諍いの原因は2人の仕事の格差にあった。

 小さな仕事ばかりを組合に押し付けられる隣人。

 大型コロニーの護衛などを個人でこなしていたアドルフ。

 隣人は大多数から外れたアドルフを不審に思い、思わず問い掛けてしまったのだ。


 フリーのくせに儲かっているのは、依頼人達に抱かれてお情けでももらっているのか、と。


 アドルフをコケにする意味があった言葉であったとはいえ、組合至上主義の隣人がそう言った疑問を持つのも無理はなかった。

 しかし相手が悪すぎた。

「こういうのって実力と信頼の差がハッキリ出るよな。しかし組合の上役ってのはそんなんなのか? お前みたいなみすぼらしくて暑苦しい奴しか見てないと俺みたいな奴が魅力的に見えるのかね? いや参った。上役の変態に狙われない醜いお前がうらやましいよ」


 アドルフは平然とその過剰なカウンターを叩き込んだのだ。

 コケにするつもりがされてしまった。

 その事実に憤った隣人はアドルフに殴り掛かり、アドルフは壁に立て掛けてあったモップで隣人を無力化した。


 その後も諍いは続き、その光景をむざむざと見せ付けられていた隣人の恋人は、隣人に愛想を尽かして出て行ってしまったのだ。


「お兄さん! その目はどうなさったのですか!? 何故組合に所属してなさらな無かったのですか!? 本当に見つかるかどうかふあ――」

「はいはい、お兄さんの目は昔からこうでしたよ。組合は面倒だったから。見つけ辛いのは自営業の辛いところだよね」


 鼻息荒く怒れる隣人を無視するかのように、平然と割り込んできた少女。

 アドルフはそんな少女に呆れたように言葉を遮るも、その少女の美しい容姿に見惚れてしまう。


 真っ直ぐに下ろされた長髪は金糸のように美しいプラチナブロンド。

 彫刻のように美しく整った顔には突き通るような青い瞳。

 その美しい容姿の少女は、あまりにも薄汚いスラムの住居には不似合いだった。 


 企業は環境を汚染し太陽を奪ったこの地上に生き残ったのは、人間を含め環境に適応できた生き物達だけ。

 紫外線が弱くなり人々の髪や瞳の色素は退色し、生き残った人々の大半は灰色の者達となった。

 その前の時代にある程度の資産をもつ者達は退屈しのぎに染髪などではない、遺伝子から手を加え、あらゆる色を楽しんだ。

 だがその子孫達は人類に等しく訪れた色素の退色により、灰色の髪と瞳を手に入れたのは皮肉でしかなかった。

 アドルフの黒髪や少女の金髪碧眼は単に血の濃さや、先祖がそういうものに興味を示さなかった結果である。


 さかのぼれば発色ももっとハッキリした物だったのかも知れないが、この時代に置いてこの2人の色合いは異端だった。

 商品価値の高いその色に目を奪われながらも、アドルフは少女の様子を窺う。


 暗殺者にしては華奢すぎる体、武器など使った事がなさそうな細く綺麗な指。

 何よりアドルフより弱いとは言え、傭兵である隣人に真っ向から喧嘩を売る姿勢。

 その世間知らずにも程がある態度に、アドルフは懸念が消え去ったのを理解する。


 こうしている間にも隣人が怒りを募らせているがアドルフには関係ない。

 どうせ明日の昼には切れる、どちらかと言えば早く切りたい縁だ。

 しかしアドルフが早く寝たいのは事実。

 だからアドルフは、この状況を手っ取り早く終わらせる事にした。


「君の目的は分からないけど先に言わせてもらうね。傭兵業は今日で廃業、明日の昼にはここを発つからもう依頼は請けられないんだ」


 そう言ったアドルフは、少女の透き通るような碧眼を見下ろしながら考える。

 身なりや振る舞い、そして外にある見覚えのないバイク。

 それらから少女はなかなかいい所の出であろう事が伺え、世間知らず過ぎる事も納得が行く。


 しかし何故と、アドルフは訝しんでしまう。


 組合にまで行ったのなら、組合に依頼を出せば済む話だ。

 依頼人の予算にもよるが、基本的に組合は依頼の内容により人材の割り振りをしている。

 アドルフが1人で護衛から暗殺までこなしているのを、組合は適材適所にしっかりと割り振っている。


 組合嫌いのアドルフでさえ、それだけは評価しているのだから。


「てめえ! 逃げんのか!?」

「逃げるつもりは無いけど、まあ勝ち逃げなら許されるよな。負け犬のお前には分からないと思うけど」


 アドルフは少女の処遇を考えながら、隣人の売り言葉に毒を返す。

 このような世間知らずのお嬢さんを泊められる、安心できるような場所などスラムには存在しない。

 かと言ってアドルフは自分の部屋に、見知らぬ少女を泊める事に抵抗を持った。

 そしてもし保護者が居たのならこんな所に来させはしない、よって少女は一人でここまで来たのだとアドルフは理解していたのだ。

 しかしアドルフは出立の準備も終わらせなければならない、荷造りはエフレーモフのおかげで途中で切り上げたままだ。


「てめ……! だから……! 何度言えば……!」

「何度言えばも何もお前いつも「お前のせいだ」しか言わないじゃないか。まあオツムが足りないお前の言葉を理解するのは文明人としてやってやらないといけないのかもしれないけど」


 これ以上付き合ってやる気は無い、とアドルフは言外にしてはあからさま過ぎる拒絶を突きつける。

 アドルフは少女がどうやって夜を明かすかを考えなければならないのだから。


 今も昔も子供には甘いままか、とアドルフは内心で呟く。


 少女には酷かもしれないが、早々にお引取り願うしかない。

 バイクが少女の私物なら大変かもしれないが、明日のシェアバスを待たずに帰れるはずだ。

 アドルフがそう考えたその時、隣人はおもむろに手甲の安全装置を解放する。


「……お前が明日出て行くって言うなら今日、ケリだけはつけさせてもらうぜ」


 そう挑むように言った隣人は、その両手に鎮座する仕事道具である手甲から刃を展開する。

 その刃がアドルフに突きつけるのは、今までのジャレ合いとは違う本気の殺意。


「お前……そこまでやったらもうおしまいだぜ……?」


 アドルフは手の平で顔を覆い、呆れた物言いをする。

 ルールなどほとんどないスラムの集合住宅であっても、殺しだけはご法度だったのだ。


 しかし隣人は知らぬとばかりに刃をギラリと輝かせる。


「どうせ負けたままじゃ、も食い上げだ。どっちに転んでも、お前とのケリはつく」


 そう言いながら隣人は、両拳を目の高さまで上げてファイティングポーズをとる。

 手甲を着けたこの男はこの刃で何人の命を奪ってきたのか。この時代に置いてそれはステータスでしかない。


 弱いものは悪い、敵対する者から大切な者を守れない者は自らの無力さを悔いるだろう。

 強いものは良い、資産を持つ者は私兵や企業の影響力で以って自らの家族や庇護する者達を守り通している。


 まあ、何でも良い。


 アドルフは静かに意識を切り替える。

 1つの狂いも許されない数式のように。それでいて答えに辿り着くのが必然であるように。

 行うのは、ただ自らが思い描く勝利に向けて駒を進めるだけの戦闘。


「お前の額ぶち割って回り血だらけにした時、管理人に怒られたの俺なんだぜ? 後でお前掃除しとけよ」

「ああ、お前を殺した後でな…!」


 隣人が手甲で顎を隠すような姿勢のまま、アドルフに向かって走り出す。

 アドルフは少女を脇に除け、懐に着けたハンドガンを取り出す。


「死ね、クソヤロウッ!」


 隣人が右手の刃を持って男を切り裂かんと振り上げる。

 その刃はアドルフの命を刈り取らんと、禍々しい光を湛える。

 アドルフが考えていた最悪の事態はあの少女を人質に取り、アドルフに武装解除を促すというものだった。

 しかし、ただ真正面から殴り掛かってきた隣人にそのような考えはないのだろう。

 まっすぐな男だ、それも今日までかもしれないけどな。


 内心で呟いたアドルフは、無感情に引き金を引いた。

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