Green Eyed Monster/Screen Died Goner 5
「……参ったね、どうにも」
物が少ないというのにどこか薄汚い印象を受ける集合住宅の1室に、どこか自嘲するような言葉が消えていく。
パワーアシスト機構を内包するライダースジャケットとデニムボトム。
防衛部隊時代から履き続けているタイプのコンバットブーツ。
それらを身に纏う黒髪の男、"ウィリアム・ロスチャイルド"は額から流れる血をガーゼで拭っていた。
腰掛けている安物のソファに視線をやれば、その目が捉えるのは冗談のような大口径のリボルバー。
受け入れるしかなかったその痛みに苦笑を浮かべながら、ウィリアムは捨てるしかなかった過去に想いを馳せる。
ウィリアムが受諾した任務はアドルフの睨み通り、全てが粉飾された物だった。
ウィリアムにとっての任務内容は「該当コロニー近辺の奇形生物の排除」。
随行部隊にとっての任務内容は「有色の人間の護送と売却」。
しかしウィリアムは途中で鉢合わせた戦力によって、その作戦すら仕組まれた物であると理解させられたのだ。
戦闘車両が3台、歩兵が3小隊。
それらの武装した戦力達がコロニーCrossing防衛部隊の車両を急襲したのだ。
有色の人間である自分を手に入れたいのであれば、先頭車両の砲口を向けて脅迫すれば良いだけの話。
だが急襲部隊は何の前触れもなく、コロニーCrossingの車両へと銃撃を開始したのだ。
かろうじて回避した砲弾の爆風によってコロニーCorossingの車両内に、咄嗟に視線を走らせたウィリアムは気付いてしまったのだ。
この車両には自分を含めて、閉鎖的なCrossingにとって鼻つまみ者でしかない移民とスラム出身の人間しか居ないのだと。
この襲撃は仕組まれたもので、弟を売却した事で優秀な防衛部隊員であるアドルフを手放さないための陰謀なのだと。
きっとこのまま車両内の自分以外は全員殺され、自分は売却されてしまう事が目的なのだろう。
それらを理解した上で、売却された有色の人間の行く末もウィリアムは理解している。
自分がアドルフの出世を妨げているのも理解していた。
あんな優しい兄の下に、言葉よりも先に人殺しを覚えていた自分が居てはいけない事も理解していた。
それでもウィリアムは死ぬ訳にはいかなかった。
何があっても生き残ると、兄と約束してしまったのだから。
だからレイは逃げ延びて見せた。
かつて仲間だった人間達を盾にして。
荒野の砂にその身を隠して。
躊躇う事無く敵対者達を殲滅して。
全てを殺しつくし、手馴れた様子で敵味方分け隔てなく、死体から物品を回収しながらウィリアムは考えた。
ここまで直接的に殺されかけた以上、Crossingに帰る事は出来ない。
アドルフの事が気に掛からない訳ではないが、自分が居てはアドルフに迷惑を掛けてしまう。
だからこそウィリアムは、1人で生きていく術を考えなくてはならなかった。
戦う事以外の方法を知らない。
だが防衛部隊という場所で戦う事で糧を得るという仕組みは理解している。
そんなウィリアムがレッドフィールドの名を捨て、多くの傭兵たちが住まう旧リヴァプールというスラムに居を構え、傭兵という職を選ぶのは当然の事だった。
ウィリアム・ロスチャイルド、孤児という意味を持っていると勘違いしたウィリアムが選んだ姓。
ウィリアムはアドルフという庇護者から離れると決意したのだ。
しかしウィリアムの傭兵登録は企業と関わりの深いコロニーKzylのバックアップを受けていた、エフレーモフに絡まれてしまった事で組合側に拒否されてしまった。
そしてウィリアムは自力での傭兵業を始めざるを得なくなり、組合が請ける事はないであろう任務達に従事する事になった。
子守とも言える移民の子供達の護衛。
生還する事は難しいと思われた暗殺。
そしてウィリアムは、黒髪黒目の親子の捜索という任務を今しがた終わったばかりだった。
黒髪黒目の有色の人間は、金髪碧眼に比べて価値が比較的低い。
だが決して商品価値がないという訳ではなく、1度その身柄を拘束されてしまえば取り返す事は出来ない。
目標を発見出来る可能性が低い上に、報酬は限りなく少ない。
考えるまでもなく、請けるべきではない依頼。
しかしウィリアムはそれを請けざるを得なかった。
依頼してきた茶髪の子供は今にも泣き出してしまいそうな顔でウィリアムに縋りつき、ウィリアムはアドルフと"子供に対して優しくする"という約束をしてしまったのだから。
そしてウィリアムは人身売買組織の組織の商談データを集め、目当てである有色の親子が売り払われたであろう施設へと侵入した。




