Green Eyed Monster/Screen Died Goner 3
「3年前は可愛かったのになー、何でこうクソ生意気になっちまったんだか」
「うるさいな。それを言うならこっちだってあの頃は頭よさそうに見えてたアディがこんなにバカだったなんて信じられないね」
点在する街灯に照らされた通路を歩く2人の男。
灰髪をスパイクヘアにした男はわざとらしく肩を竦め、目を隠すように黒髪を伸ばした男が不機嫌そう答える。
言葉、常識、戦闘。義兄は3年掛けてそれらを教え込んだ義理の弟の仕方に嘆き、義弟はそんなアドルフの言い分に皮肉を返す。
アドルフはそう言ったウィリアムの態度に嘆いているのだが、ウィリアムはそれを知った上で直そうとはしない。
ウィリアムは終業時とはあまりに違うアドルフのギャップに言及しているのだが、アドルフはそれに気付きもしない。
そして良くも悪くも似たり寄ったりな事に、2人は気付きもしない。
「誰がバカだ。しっかり者の兄であり、将来有望な小隊長に向かってなんて言い草だ」
「地雷原棒倒し、弾丸帯リレー、ハンドグレネードキャッチボール。上に訴えたら昇進どころか除隊扱いなんじゃないのか?」
「……謝っただろ。一応アレだって目的があったんだよ」
辛辣な義弟から目を逸らしながら、アドルフは気まずげに灰色の髪をかき上げる。
企業の私兵部隊や野盗の襲撃が受けた際、コロニー防衛部隊は真っ先に前線へと駆り出される事になる。
そう言った仕事である事は十分に理解していても、防衛部隊の人間達は可能な限りの殲滅と生還に務めなければならない。
特に企業の最新鋭の装備に関して、人々はそれがどういった物なのかすら知らないのだから。
そしてアドルフは窮地に陥った際に、どういった物でも利用して必ず生き残るための訓練を提案した。
地雷原で大立ち回りがあるかもしれない。
弾丸帯を体に巻いて前線部隊に届けなければならないかもしれない。
投げられたハンドグレネードを投げ返さなければならないかもしれない。
それらがどんなにありえない状況であっても、備えがあれば憂いはない。
相手の武器だろうが、その辺に落ちている鉄パイプだろうが、全てを利用してでも生き残らなければ意味がない。
アドルフのその考えは間違ってはいないが、合っているとは言い難いそのやり方に隊員達は閉口していた。
「それで、マティアスはなんて言ってた?」
「……次はねえぞって、あいつ部下なのに容赦なさ過ぎだろ――ってそんな事はどうでもいいんだよ。ウィル、あいつどうだった?」
突然の会話転換、それも唐突なその内容にウィリアムは訝しげに眉を顰める。
"あいつ"というのが、幼い頃からアドルフがお世話になっているベルナップ家の1人娘、トレーシー・ベルナップである事は理解出来る。
しかしその将来を誓った恋人の事を、アドルフに聞かれる意味がウィリアムには分からないのだ。
「何で俺に聞くんだよ」
「お前の義姉になる人だぞ、どう思ったかくらい知りたいんだよ」
いつかの質問以上の情熱を持って問い掛けられた質問に、ウィリアムは肩を竦めてしまう。
、あくまで義理の弟でしかない自分の意思を、アドルフが気にする理由が分からないのだ。
しかし戸惑うと同時に、胸中にはどこか嬉しいような気持ちが広がっていく。
アドルフが自分の事を認めてくれているような、そんな風に思えたのだから。
そしてウィリアムは、義兄と同じ灰髪の女を思い浮かべながら答えた。
「いい人なんじゃないか、家庭的みたいだし」
「意外とシビアだな、お前」
「28歳にもなって落ち着きもない義兄の奥さんになる人だからね、無責任にはなれないよ」
「……そうかい、安心したよ」
アドルフはその言葉通り、どこか安堵したように深いため息をつく。
いつまでもウィリアムと同居する事は出来ないかもしれないが、妻と義弟の仲が悪いなどアドルフには耐えられなかったのだ。
「安心するなよ、出世するまで結婚しないって言っちゃったんだろ?」
「何言ってんだ。そりゃすぐに出来るってのと同じ意味だろ」
「言ってろ、後悔しないでくれよ」
「そうだな。それで後悔しないために、聞いておかなきゃならない事があるんだ」
「忙しないね、プライベートでそんなに頭使うなんて珍しいじゃないか」
「茶化すなよ、大事な話なんだ――お前、小規模コロニーへの派兵の要請に応じただろ?」
知らないはずの任務をアドルフに告げられたウィリアムは、思わず崩れそうになった顔を必死に取り繕う。
仕事とプライベートを完全に分けるアドルフがその質問をして来たのは予想外だが、ただ一方的に情報を探られるのが気に入らないウィリアムは軽口を返す。
「別に、ちょっとしたピクニックみた――」
「ウィリアム、お前は俺と何を約束した?」
「……嘘はつかない、子供には優しくする、プライベートでは義兄さんをアディって呼ぶ」
「そうだな。だったら嘘をつかず、正直に答えろ」
「受けた、受けたよ。何か問題でもあるのか?」
真面目な話をする時特有の略称ではない自分の名前。まるで終業時のように問い詰めてくるアドルフに、ウィリアムは降参だとばかりに両手を上げる。
ブラコン気味の義兄が、それに反対する事が分かっていたから何も言わなかった。
ウィリアムにとってはそれだけの話だが、アドルフはウィリアムの予想通りに詰問を始める。
「ないとでも思ってるのか? いいか、俺は何で俺に何も言わずに受諾したのか聞いてるんだ」
「この任務の要請は直接俺のところに来た、別に説教される覚えはない。大体俺はもう訓練兵じゃないんだ、自分で任務の受諾くらい出来る」
「小規模コロニーに大して、目的不明の小規模部隊の派兵。俺はそんな任務を聞いたことがない。そんな事も知らないで受けておいて、お前に何が出来るってんだ」
事の問題を理解しようとしないウィリアムに、アドルフは苛立ちを隠さずに告げる。
迫害対象である移民とスラムの住人。
スラムの住人だったウィリアムに直接告げられた派兵要請。
Crossingという大型コロニーで口減らしこそありえないが、アドルフがその任務に裏を感じてしまうのは無理もなかった。
アドルフがウィリアムに戦闘を教え込んだのは、身に迫る暴力に対抗するため。
そして防衛部隊に入れさせたのは、迫害されないための確固たる地位を与えるためだったのだから。
「それでもだ。俺には信用が必要だし、俺は間違った事はしてない」
「お前が間違わなくても、周りが間違った事をする可能性があるんだよ」
情報の秘匿の失敗、アドルフにその任務の受諾がばれてしまった事にウィリアムは不機嫌そうな表情を浮かべる。
スラムの住人であったからこそウィリアムを心配するアドルフ。
それと同様にウィリアムはスラム住人であったからこそ、こういった任務を受諾して信用を得なければならないと考えていた。
早く1人立ちしなければ、自分を救ってくれた義兄の恩情に報いる事は出来ないのだから。
「お前が受諾しちまったのなら、俺でも撤回はもう出来ない。いいか、何があっても生き残れ。必ず約束しろ」
「……分かったよ」
心配をしてくれる喜びと未だ認めてもらえない悲しみ。
その複雑な感情を不機嫌そうな声色に隠して、ウィリアムはぶっきらぼうに告げた。
しかしそのアドルフの懸念は的中してしまった。




