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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Green Eyed Monster/Screen Died Goner 1

 その大半を失った車両群が荒野を行く。


 ローレライ達はウィリアムの活躍により、クリムゾン・ネイルという脅威を排除する事に成功した。

 救出に成功した人数は戦闘員非戦闘員含めて6割。

 2度の襲撃を受けてから動いたという点を考えれば上等すぎる結果だが、それでもローレライの気持ちは晴れずにいた。


 高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ、それを教えてくれた父が死んだ。


 急襲者の戦力の規模は分からないが、ターゲットであるチャールズを生かしておく理由はない。

 死体を回収する事も出来ないため、父を埋葬をしてやる事すらローレライには出来ないのだ。

 そのせいかローレライは何もかもに実感が持てずに居る。


 あれからローレライは救出部隊を結成して、ウィリアムの救出に成功した。

 しかしウィリアムの様子が妙だったのだ。

 肌が露出している部分に細かい傷や火傷はあったものの、骨折などの重傷は一切ない。

 だというのに、ウィリアムはスラム地区で昏睡状態にあったのだ。

 焼け落ちたスラムと機動兵器の残骸を傍らに。


「どういうこと、なのでしょう」


 そう呟きながらローレライはシートに横たわるウィリアムに視線を向ける。

 腿の上に乗せた男の蒼白に染まった顔には、寝る時ですら外していなかった眼帯がなかった。

 そしてその眼帯があったと思われる場所には、あの頃にはなかった傷痕があった。

 しかし傷跡によって黒ずんでいるまぶたは、眼球があるかのように膨らんでいる。

 ウィリアムは傷痕を恥じて眼帯をしていたのだろうか。

 ローレライはそう考えるも、"お兄さん"らしくないと否定する。

 記憶の混濁があったとはいえ、行動原理はローレライの知っている"お兄さん"のものだったのだから。

 あの時ウィリアムはローレライを、ローラ嬢ちゃんではなくローラちゃんと呼んでいた。

 ウィリアム・ロスチャイルドと名乗っていた、あの頃のように。


「……早く、目を覚ましてくださいまし」


 ウィリアムに休息が必要な事は分かっている。

 それでもローレライはそう望んでしまった。

 その白く華奢な指はウィリアムの黒い髪を梳かす。


 他者を拒むような黒には、見覚えのない白が混ざっていた。


 ●


 たとえるのなら古い映写機。

 たとえるのなら引き千切られたページ。

 たとえるのならノイズ交じりの音声。


 ただ流れていく有形無形の情報(ダイジェスト)を、ソレはただ眺めていた。


 最初の記憶はCrossingの壁に外のスラム。

 纏うのは盗んだかろうじて服の形を保つ布。

 片手には盗み出した銃。

 名前もないソレは盗みをして生きていた。

 酩酊し眠りこけた大人達。

 スラムだというのにろくな警戒もしていない金持ち連中。

 コロニーの外にある戦場の死体達。

 弾丸の残ったマガジンでも残っていれば、その日食べるご飯には困らない。

 何より、体を売るというリスクを背負わなくて済むのだ。

 だからソレはいくつもの戦場を渡り歩いた。

 頬には弾丸が掠め、鼻腔には死体の焼ける匂いがこびり付き、灰色の空に登っていく同色の煙が網膜に焼き付いている。

 間違いなくソレは生きていた。


 しかしソレは派手に動きすぎた。

 夜闇のような黒髪、灰色がかった黒い瞳。

 その希少価値は同時に商品価値でもあり、ソレは間違いなく蠱惑的な"商品"だった。

 盗みを繰り返すスラムの子供が1人消えたところで、誰も気付きはしない。

 それどころか治安維持に協力すらしているのではないか。

 そう高笑いをする男達は、商品の捕獲に踏み切った。

 ほんの数時間で数年遊んでいられるだけの報酬が得られる。

 しかしその期待は簡単に裏切られてしまった。

 まず最初にソレに声を掛けた仲間の頭が撃ち抜かれ、それに随行していた仲間も腹部を撃たれて帰ってきたのだ。

 男達はコロニーの治安維持に勤める防衛部隊に介入されたかと考えるも、ターゲットはスラムの路地裏で寝泊りをする子供。

 コロニーの外であるスラムに介入する事は考えられなかった。


 だがそれでは仲間が死んだ事実に説明がつかない。

 自身らが捕獲しようとしたのは、戦闘訓練も何も受けていないはずのただの子供でしかないはずなのだ。

 その上仲間達には、脅迫用にサブマシンガンを持たせていたはずなのだ。

 だが事実として仲間の1人が死に、もう1人は作戦に参加できなくなってしまった。

 それでも男達は作戦の続行を決定する。有色の子供という商品は見逃すにはあまりに魅力的だったのだ。

 だからこそ男達は大規模な部隊を結成して、再度捕獲を行う事にした。

 傭兵こそ居ないが、この乱れた世の中を生き抜いてきた人間達だけで構成された小隊。

 商品を傷付ける訳にはいかないため発砲する事は出来ないが、戦力では圧倒的に上回っているはずだ。

 そして男達は商品が寝泊りをしている路地裏へと踏み込んだ。


 袋小路となっているそこに逃げ道はなく、今度こそ作戦は成功するかと思われた。

 得られるであろう莫大な収入に昂揚する男達を出迎えたのは、頭を撃ち抜かれた仲間の死体と、それを盾にするように抱きかかえる子供だった。

 戦闘訓練を受けていない事を知っているのはその商品も同じ。

 踏み込んだ袋小路の路地裏は遮蔽物も何もない。

 加えて男達は商品である少年を傷付ける訳にはいかない。


 全てが整えられた罠だったのだ。


 結果として先行していた男達はかつて仲間の物だったサブマシンガンによって殺害され、その死体を路地裏へと積み重ねていく。

 やがて仲間が一方的に殺された男達は応戦を開始しようとしたその時、状況は両者にとって予想だにしない方向への転換を遂げた。

 不可侵を決め込むと思われたコロニーCrossing防衛部隊が、事態の鎮圧に訪れたのだ。

 カーキのデッキジャケット、ブラックの細身のカーゴパンツ。

 パワーアシストの機構が組み込まれたそれらを纏い、現れたのはコロニーCrossing防衛部隊第7小隊だった。


 想像もしていなかった防衛部隊の介入に、男達は逃げ出そうとした。

 Crossing防衛部隊がスラムに手を出さなかっただけで、出せなかった訳ではないのだから。

 しかし第7小隊はいとも簡単に男達を捕縛し、小隊長は残る隊員達に盾を持たせて少年を包囲して無力化した。

 人身売買は罪ではない、人を殺すのも別に構いはしない。

 それでもCrossing内の揉め事を、出世欲に溢れる小隊長は見逃す事が出来なかったのだ。

 捕縛されていく男達、足元に散乱する死体とその破片、そして地面にねじ伏せられた少年。


 それらに順に視線をやりながら、小隊長は深いため息をつく。

 事なかれ主義の壁の中の住人達はスラムの揉め事に介入はしない。

 そのため、スラム出身の戸籍もない少年の処遇を決めるマニュアルが存在しないのだ。


 その上、平気で人を殺しているとはいえ、子供相手に暴力を振るうなど小隊長の本意ではないのだから。

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