Fascination With Fear/Damnation With Dear 3
宣言するように張上げられた声を掻き消さんとばかりに、ウィリアムはアンチマテリアルライフルの引き金を引いた。
比較的短いバレルから吐き出された弾丸は複足を守るように纏われた装甲を穿ち、ウィリアムはそれを見届ける事無くバイクをフルスロットルで発進させる。
6つ足タイプの機動兵器の弱点は、金属強度の足りていない脚部。
だというのに装甲に覆われたその脚部は、アンチマテリアルライフルの銃撃にビクともしていなかった。
『凄いでしょう、復讐者!? あなたが最初のクリムゾン・ネイルを壊してくれたおかげで、これが完成したのよ!』
「身に余る光栄だよ、クソッタレ!」
クリムゾン・ネイルと呼称された赤い機動兵器が持つアサルトライフルの、あまりにも大口径な砲口から砲弾ともいえる弾丸が吐き出される。
その圧倒的な殺意から逃げるウィリアムは怒鳴り声を上げる。
クリムゾン・ネイルは今まで"ウィリアム"とアドルフが戦ってきた機動兵器とは、似て非なるものだった。
空に溶かすような灰色の装甲は赤く強かに、細くデザインされた腰部の旋回機構はしなやかに動き、2対の銃口はウィリアムを捉えようとその軌跡を追い続ける。
バイクはクリムゾンネイルを中心に、瓦礫の合間を縫って円形に走り続ける。
戦闘車両が居ない以上、正面からの戦闘は不可能。
そのためウィリアムはヒットアンドアウェイに徹しなければならない。
幸いにも機動兵器は的としては上等なほどに大きく、バイクを駆るウィリアムは機動力だけは勝っているのだから。
『どうしたのかしら、復讐者!? こんな退屈なのじゃ、全然"濡れない"わよ!』
「俺だってお前じゃ勃たねえよ! 女なら品性の欠片くらい身につけとけ!」
クリムゾン・ネイルの銃撃によって撒き散らされる瓦礫を、前傾になってバイクに身を預ける事でウィリアムは回避する。
瓦礫片の合間から覗いた赤い装甲は、何発も打ち込んでいるにも拘らず大規模な破損はしていないように見えた。
未だ決定打を与えられていない赤い蜘蛛、刻一刻と下がりつつある弾丸と生存確率。
この決して良いとは言えない状況にあっても、ウィリアムの脳内には情報がただ錯綜していた。
ウィリアム・ロスチャイルドは過去に7回、私兵集団と交戦している。
大隊をBIG-Cにて殲滅したのが1回。
小隊を殲滅したのが4回。
護衛目標をつれて脱出したのが2回。
敗走したのは2回で、その内の1回は空爆により完膚なきまでに敗走した。
アドルフ・レッドフィールドは46回、私兵集団との交戦している。
7回大隊を敗走まで追いやったのが7回。
12回小隊を殲滅、撃退したのが30回。
追撃戦と迎撃戦で敗走し10回。
そして1回"戦死"していた。
トレーシー・ベルナップが言っていた事は事実だった。
アドルフ・レッドフィールドは確かに死んでいる。
殺されているのだ、その"既視感のある赤"によって。
『……ダメね。退屈だわ、退屈よ復讐者』
銃撃は止み、代わりに殲滅者と名乗った女はそう吐き捨てる。
その声には言葉通りの退屈さが込められており、赤い流線型の頭部はやれやれとばかりに横に振られる。
「そうかい、期待に応えられなくて悪かったな」
期待はずれだとばかりの言葉に、アンチマテリアルライフルの弾丸を装填する為にバイクを止めたウィリアムは肩を竦める。
空になったマガジンを地面に投げ捨て、新しいマガジンを銃身にセットする。
そのマガジンのように、用済みだと処分されるのだろうか。
脳裏でチリつく危機感に口角を歪めながら、ウィリアムはクリムゾン・ネイルを睨みつける。
何かが脳内で叫んでいるのだ。
その赤を許してはならないと、その赤を殺さなければならないと。
『私はこのまま終わりたくないの。だから最初で最後のお情けをくれてあげるわ――眼帯、さっさと外してしまいなさい』
「……何を言ってる?」
『物分りが悪いわね。じゃあこうしましょう――"左目"を使えなきゃ、あなた死ぬわよ』
そう言うなりクリムゾン・ネイルのライフルが、倒壊しかけている建物へと向けられる。
建物がある位置はウィリアムの背後であり、弾丸はバイクが走り去るより早く射出された。
建物を粉砕する弾丸、撒き散らされるコンクリートと鉄骨。
それを見上げながらウィリアムは舌打ちをする。
殲滅者の言っている事は理解出来ない。
今でも熱い痛みを湛えている左目が、この期に及んでなんの役に立つのかなど分かるはずがない。
しかしウィリアムは誘われるように無意識に、それでいて何かの確信を持ったように左手で眼帯を力任せに引き千切った。
露わになったのは、醜い傷跡に覆われる左目。
そしてまぶたが開かれたそこには、緑と黒の幾何学模様が走る異形の瞳が存在していた。
「――――ッ!?」
先ほどまでの苦痛が嘘のような激痛が脳に走り、それと同時に苦しみが小分けに整理されていくような爽快感。
それらに歯を食いしばりながらウィリアムは頭上を見上げる。
緑がかった視界に映るのは、落下するいくつもの瓦礫達。
鋭い激痛を脳と左目に感じた次の瞬間、ウィリアムの視界にいくつものターゲットマーカーが表示される。
理解を超えたその現象に戸惑いながらも、ウィリアムは躊躇いもせずにアンチマテリアルライフルを突き上げるように構え、そして引き金を引いた。
炎が全てを焼き尽くす戦場に響き渡る、数発の銃声。
解き放たれた銃弾達はそうある事が当然のように、ターゲットマーカーが付けられた瓦礫を粉砕する。
他の瓦礫達はウィリアムを避けるように、轟音を立てて地面に叩きつけられる。
砕かれた砂塵を浴びながら、ウィリアムは間髪居れずにクリムゾン・ネイルへと銃口を向けて引き金を引く。
戦闘がつまらなくなるという理由で使用されなかったマシンガン。
アンチマテリアルライフルの弾丸はマシンガンのマガジンを食い破り、爆散する合金の塊はクリムゾン・ネイルの左腕を無残なほどに打ちつけた。
その光景はまるで”予定調和”のようであり、”辿り着くべき答え”のようであった。
『……最高だわ、最高よ復讐者ァッ!』
もはや使い物にならないであろうクリムゾン・ネイルの左腕。
装甲と機構を打ち据えられた無残な左腕を振り回しながら、殲滅者は喜悦の声を張り上げる。
ウィリアムはその敵対者に再度引き金を引くも、セミオートの機構は半ばで止まり弾丸を吐き出そうとしない。
弾切れ。瞬時にソレを理解したウィリアムはバイカーズバッグにアンチマテリアルライフルを押し込み、腰のガンホルダーからハンドキャノンを取り出す。
アンチマテリアルライフルよりも小さな銃身、それでありながらリボルバーには大きすぎる質量。
機動兵器と同様の圧倒的な合金製の殺意。
それを右手に握ったウィリアムは、バイクに瓦礫を踏み越えさせて再度走り出す。
『復讐者! もっと私を楽しませて頂戴! 私達があなたを変えたように! 戦況に変革を!』
再度追い縋ってくる弾丸達から逃れるようバイクは進み、増していくばかりの頭痛にウィリアムは荒い呼吸を繰り返す。
暗闇すら照らし出す緑がかった視界。
赤い蜘蛛を視界に捉える度に浮かぶターゲットマーカー。
まるで戦闘車両のターゲッティングシステムのようなそれが、自分の目に映るはずがない。
ウィリアムは胸中でそう吐き捨てるも、事実としてウィリアムはそれを行使して生き残った。
そして本能があの赤を殺せと強く訴え、理性があの子を守れと叫んでいるのだ。
だからこそウィリアムはそれを行使しなければならない。
1つの狂いも許されない数式のように、それでいて答えに辿り着くのが必然であるように。
ただ自らが思い描く勝利に向けて駒を進めるだけの戦闘。
だからこそ、始めるのはただの予定調和だ。
次の瞬間にバイクは瓦礫の合間から飛び出し、ウィリアムの左目はクリムゾン・ネイルを捉える。
頭痛と共に視界に走る13個のターゲットマーカー。
頭部の側面、胸部の装甲の隙間、腰部の旋回機構、脚部の間接部。
ウィリアムは続けざまに2回、ハンドキャノンの引き金を引く。
反動に右腕は踊らされ、先ほどまでとは比べ物にならない冗談のような銃声が木霊する。
解き放たれた2発の弾丸は吸い込まれるように、クリムゾン・ネイルの旋回機構のレールに着弾する。
兵器でありながら繊細な作り、それと同時にそれを扱う人間の生還を考えていないような杜撰な質。
通常の機動兵器とは違う、ワンオフ機であるが故に考えられていなかった不測の事態。
ハンドキャノンの弾丸が旋回機構を歪め、その上体を固定させたのだ。
殲滅者がその事に気付いた頃には、ウィリアムのバイクは既にライフルの射程外である背後へと回り込んでいる。
迫り来る死の気配、期待していた以上の強者との邂逅。
昂揚感と不快感が混ざり合う理解不能な感覚に、女は黒に染められつつある赤の中で笑みを浮かべていた。




