Fascination With Fear/Damnation With Dear 2
目の前に広がるのは夜闇を照らす炎、散乱する瓦礫の山、そしてその向こうに見える企業の機動兵器。
頭の中で疼く大容量の情報達と左目を襲う熱い苦痛。
耐え難い苦しみに意識を混濁させられつつも、その右手はバイカーズバッグからショートバレルのアンチマテリアルライフルを引き抜く。
空腹に耐え切れず、傍にいた人間をを殺して金を奪った。
彼女とその家族と幸せな食卓を囲んだ。
生きる為に武器が必要だと銃を盗んだ。
彼女と2人で広い居住区を走り回って遊んだ。
盗みを続けたある日、大人達に捕まり殴られ蹴られ、人身売買の業者に売られそうになった。そして必死に逃げ出した路地裏で、気付けば泥にまみれて眠っていた。
家族は居なくなってしまった。しかし面倒を見てくれる彼女の家族に見守られながら、温かいベッドで眠った。
ウィリアム・ロスチャイルドと仮定された男は、ただ悩み続けるほかなかった。
男にはこの日までアドルフとして生きてきた記憶がある。
だがローレライを含めた全員が、男をウィリアムと認識している。
「……やめだやめ」
ウィリアムはそう呟いて、アンチマテリアルライフルのセーフティを解除する。
どちらにせよ、戦いから逃れる事など出来はしないのだから。
自分が生き残り、ローレライを生かして帰す。
その為には目の前の脅威を戦わなければならない。
だから、とウィリアムは射程内に捉えた機動兵器へ躊躇いもなく引き金を引いた。
パワーアシストによって殺される反動、赤い装甲へと叩きつけられる弾丸、セミオートの機構から吐き出された薬莢。
合金製の明確な殺意を目で追うように、流線型の赤い頭部はバイクに跨るウィリアムを捉える。
見詰め合う灰色がかった黒い瞳と、黄色い光を灯すマシンアイ。
その装甲は血のように赤く、機動兵器特有の重厚さを持つ6本の足。
幾つ者死体が転がるこの地獄のような惨状を作り出した、赤い蜘蛛のような機動兵器。
"既視感ある赤"をウィリアムが睨みつけていると、胴体から生えた両腕は待ちかねていたとばかりに広げられる。
『遅かったわね、復讐者』
"既視感のある赤"とウィリアムが殺し合いを始めようとしたその時、機動兵器に搭載されたスピーカーから女の声が漏れ出した。
「……復讐者?」
『そうよ。でもその様子じゃ、あなたは何も分かってないみたいね』
身に覚えのない呼ばれ方、待たれていた目的。
理解の出来ない事態に戸惑うウィリアムに、赤い機動兵器の女は嘲笑うように告げる。
復讐者、その言葉の真意がウィリアムには理解出来ない。
全てを焼き尽くされたBIG-Cの事なのか。
今なお侵略されている故郷だと錯覚していたCrossingの事なのか。
「……お前は俺を知ってるってのか?」
理解出来ないそれらを確かめるようにウィリアムは問い掛ける。
たとえようのない虚無感が、抗いようのない飢餓感が駆り立てるのだ。
長年恋焦がれていたと思っていた女には自分を否定され、守り続けてきた少女には知らない自分を教えられた。
もはや彼に自分という存在など理解出来ない。
自分はアドルフ・レッドフィールドだったはずだ。
だがアドルフ・レッドフィールドの記憶には、ローレライ・アロースミスは存在しない。
自分はウィリアム・ロスチャイルドらしい。
それを裏付けるようにウィリアム・ロスチャイルドの記憶では、トレーシー・ベルナップは大きな存在ではない。
自分には確かに戦闘の経験があったが、ウィリアムの傭兵の経歴はあまりに短い物だった。
自分は確かに成人したばかりだったが、アドルフは十数年間過酷な状況で戦い続けてきたはずなのだ。
彼ががどちらかを信じようとする度にどちらかが裏切った。
だからこそ強く請い、強く願う。
ただ、自分を知りたいと。
『ええ。だって私が進言したんだもの。あなたを利用するべきだ、これ以上の"適役"は居ないってね』
「そうか、ならいい。俺を教えてもらおうか」
右手に持つアンチマテリアルライフルを赤い蜘蛛へと突きつけ、ウィリアムは覚悟を決めたように言葉を吐き出す。
たとえローレライ達の脱出が済んでいたとしても、脱出はしない。
おそらくここが分岐点なのだと感じているのだ。
ここからもう、引き返せないという事も。
『……いいわ、いいわよ復讐者! その下手くそな誘いに乗ってあげるわ!』
艶めかしいほどに愉悦を滲ませる女の声。
殺人狂の類であると分かるその昂揚具合にウィリアムは顔を歪め、赤い蜘蛛のような機動兵器は両手に持つアサルトライフルとマシンガンを突き出すように構える。
『殲滅者、殲滅を開始するわ!』




