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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Fascination With Fear/Damnation With Dear 1

 太陽が失われたこの地上を一番明るく照らす光は戦火なのではないか。


 その戦火を遠くに感じながらローレライは、Crossingの道を走行するバイクのシートに跨っていた。

 太陽を奪った企業が起こした戦争が灯りを点すなんて良く出来た皮肉だろう、とローレライは恐慌状態にある胸中で思わず毒づいてしまう。

 それほどまでにローレライの胸中は平静を保てないほどに乱れているのだ。


 自身が腕を回している"お兄さん"は何者なのか。


 肉体はおそらくローレライたちが知っている"お兄さん"のもの。

 しかし、人格だけが何かによって操作されているような違和感を感じるのだ。


 それが理解出来ない。


 眼帯に隠されている左目もだ。

 彼はそれを自分の意思で隠しているのか、それともそうコントロールされている結果なのか。


 誰が何の目的で"お兄さん"にその処置を施したのか。


 もしBIG-Cに対して敵対心を持っている勢力が"お兄さん"を操っているのであれば、撤退戦などさせずに一方的にBIG-Cを蹂躙していただろう。

 その傀儡はたった1人でいくつもの戦場を渡り歩き、企業の精鋭達と戦ってきた"お兄さん"なのだから。


 しかし"お兄さん"は防衛戦力を生き残らせる選択をし、こうして分断されてしまった後続部隊との合流の為にCrossingまで訪れていた。

 BIG-Cの生き残り全員を抹殺するという目的があったのであれば、コロニーCeasterに逃げ延びた生き残り達を抹殺しない理由はないはずなのだ。


 "お兄さん"が得体の知れない敵対者の傀儡である可能性はなくなったが、ローレライには知らなければならない事が増えてしまった。

 確実に言い切れることは"お兄さんは"アドルフ・レッドフィールドではないという事。


 トレーシー・クレネルは、彼を"アドルフ・レッドフィールド"ではないと否定した。

 アロースミス家の人々を初めとしたBIG-Cの人間達が、彼を"ウィリアム・ロスチャイルド"であると認識していた。

 付け加えるのならトレーシーはあの時、"お兄さん"を"あの時の子"と言っていた。


 トレーシーが言っている"あの時の子"がローレライの知っている"お兄さん"と符合するかは分からないが、それでもその言葉にはウィリアム・ロスチャイルドという存在を匂わせる何かがあった。

 何よりCrossingの住人達が専用の脱出経路を利用しているというのに、来た道を帰るだけの道のりが"お兄さん"がCrossingの構造を理解していない事をローレライに理解させるのだ。


 "お兄さん"は道を忘れていた訳ではない。最初から深く理解していなかったのだ、と。


 ローレライは背後から覗き込むようにして"お兄さん"の顔を覗き込む。

 眉間には皺が寄せられ、口からは相変わらず荒い息が漏れ出していた。

 その苦しみから解放してやる事は出来ないが、体に鞭を打たせている現状から解放出来ない訳ではない。


 そう考えたローレライはただ思考する。

 道行く人間がトレーシー・クレネルの存在を知っていた事から、コロニーCrossingは見た目通りの閉鎖的な環境であると考察できる。

 比較的開放的であるコロニーCeasterであっても、余所者であるBIG-Cの生き残り達は端へと追いやられていた。


 ならば閉鎖的であるCrossingであれば、余所者はどこに追いやられるのか。


「スラム!」

「俺もそう思うよ、"ローラちゃん"」


 思いついたように声を張り上げるローレライに、笑みと共に答えるウィリアム。

 コロニーとスラムの違いは治安と発展具合にある。

 資産を持つ有力者がしっかり取り仕切っていれば、シェアバスなどの誘致も出来る。

 シェアバスが誘致で切れば、人口が増えてコロニーに活気が生まれる。

 なお企業の影響力が強いコロニーは私兵集団が常駐していて、治安は意識せずとも守られ、黙っていてもシェアバスなどが来る。

 そのコロニーで暮らせば略奪の対象にならないのだから、それも当然だろう。

 もちろんそこに入り込むことは困難なのだが。


 そして、取り仕切る有力者が居なければ荒くれ者どもが好き勝手にし、事実上の無法地帯となる。

 司法が死んだ昨今ではあるが、それぞれがそれぞれのルールで生きていかなければならない以上、それはとても大きな違いであった。

 そしてBIG-CやCeasterケステルのように、大きいコロニーでなければスラム地区というのが気づけば出来ているものである。

 Crossingクロッシングは過去に、企業の私兵集団から襲撃を受けた地区の管理を投げ出したコロニーだったのだ。


 バイクは居住区を抜け、スラム地区の路地へ入る。

 そこに広がるのは炎に飲み込まれるスラム地区。

 炎が燃え、瓦礫が崩れ、断末魔と銃声が木霊する地獄をバイクは進んでいく。


 情報攻撃ジャミングが行われているのか、ローレライがチャールズの端末をコールしても受諾される様子は一切ない。


 憔悴を募らせるローレライ。

 しかしその透き通るような双眸は、確かに探し物を捉えた。


「あそこですわ!」


 声を張り上げるローレライの指先には更なる地獄が広がっていた。

 燃え盛る穴だらけの車体、いくつも横たわる男達の死体。

 そしてそれらを生み出した不細工な企業の機動兵器。

 3mほどの巨体を支える赤い蜘蛛のような6本の足。

 人型に近い胴体からは2本の腕が生え、その腕には銃火器が握られていた。


「酷なことを言いますが、彼らの脱出完了までの時間稼ぎをしていただく事になりますわ」

「分かってる、それが俺の仕事だ」

「こちらの脱出確認後、お兄さんもすぐに脱出なさってくださいまし」

「了解。Crossingもスラム地区の為に防衛戦力を出したりしないだろうし、精々尻尾を巻いて逃げさせてもらうさ」


 機動兵器の視界を避けるようにバイクを走らせながら、ウィリアムは皮肉るように口角を歪める。

 居住区とスラムを壁で隔てているのには、そういった理由があるのだから。

 やがてバイクは戦う事も出来ぬまま、ただ震えている男達を乗せるBIG-Cの車両へと辿り着く。

 後輪を滑らせるようにして停まるバイクから飛び降りたローレライは、辺りを見渡して状況を確認する。


 武器がない訳ではないが、元々負傷者を多く擁していた後続部隊は戦意を喪失していた。

 だからこそ、ローレライは急いで彼らを逃がさなければならない。


 それだけが、"お兄さん"の命を保障してくれるのだから。


「戦闘を始める。あとは上手くやってくれ」

「お兄さんも、どうかご無事で」


 ナノマシンなどの物資を渡すなり走り去るバイクにせめてもの願いを告げながら、ローレライは後続部隊へと向き直る。

 戦意はなく、犠牲者も決して少なくはない。

 それでも逃げ出す事くらいは可能なはずだ。


「無事な車両と運転手はどこですの!?」

「ろ、ローレライお嬢様!?」


 突然現れた臨時戦略指令に後続部隊の男達は戸惑う。

 しかしローレライはそれに取り合わず、ただ大声を張上げる。


「わたくしの質問に答えなさい! 無事な車両と運転手はどこですの!? 無事な車両に乗れるだけ負傷者を乗せて、運転手は逐次脱出なさい! 時間がありませんわ!」

「この銃弾の中を脱出するというのですか!?」

「ならこのまま死ぬと仰いますの!? まだ生き残るという事を! あなた方は選ぶことが出来ますのよ!?」


 どれだけの人間が生き残れたのか。

 どれだけの人数が殺されてしまったのか。

 どれだけの絶望に彼らが叩き込まれたのか。


 それらを理解する事はローレライには出来ない。

 だがこうしている間にも、彼らを逃がすために戦っている"お兄さん"の生存確率は確かに減少している。


 ローレライはそれを許す訳にはいかなかった。


「さあ! 早くなさい!」


 再度張上げられたローレライの声に、ようやく男達は脱出の準備を始めた。

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