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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Ride The Bullet/Hide The Cullet 2

 企業の影響下にあるコロニーの軍需に限らず、あらゆる工場が吐き出したスモッグの灰色に覆われた昨今。

 昼夜の変わり目を明るさで、季節の移り変わりは気温でしか分からなくなっていた。



 企業、メモリーインダストリーは余りにも強欲だった。

 資産を持つ者達以外が暮らす環境を汚染し、持たぬ者達に敵愾心を持たせクーデターを誘発した、そしてそれをの鎮圧に出た際に記憶を吸い出す。

 資産を持たぬ者達が生きるにはそこで働くか、スラムで小遣い程度の労働に従事するか、傭兵か野盗バンディットになるかしかなった。


「やっと着いたぜ、クソッタレ……」


 どこか疲れたような表情を浮かべた男は、暗灰色の空の下でいつか注意されたスラングを吐き捨てる。

 履き慣らされているであろうコンバットブーツはひび割れたアスファルトに散らばる砂を蹴散らし、その持ち主たる男は自らの引き金によって吐き出された硝煙の匂いを撒きながら。


 長いとも短いとも言えない、左目を隠すように伸ばされた特徴的なアシンメトリーの黒髪。

 美しいと醜いとも言えない浅黒い肌の顔。

 高いとも低いとも言えない身長の比較的痩身な体躯。

 極めつけに金さえ出せば手に入るレベルの、パワーアシスト機構が付属するライダースジャケットにデニムボトム。


 しかし1つだけ個性と言うには突飛過ぎる、左目の眼帯が男の顔に鎮座していた。


 男のジャケットの隙間から覗くハンドガンすら霞むほどの存在感を放つソレは、この時代の常識を跳ね除けるものであった。


 荒れ果てた大地を2本の足で歩まなければならない程度の、資本を持たぬ者達は簡単に死んだ。

 深い傷を負えば感染症を起こして死んだ。

 重い病気に掛かれば治療を受けられず死んだ。

 生まれつきの障害があれば家族やコロニーの者が赤子の内に荒野に捨て去り、そして死んだ。


 成人しているように見える男は眼帯をする程の何かを負いながら、その全ての可能性を否定していた。


 ようやく自業自得の行軍を終えたアドルフの脳裏に走る言葉は、「どうして俺がこんな事に」というものだった。 


 だが元はといえば、ロケットランチャーを銃撃した自身が悪いのだ。

 思い返せば脳裏によぎるのは炎上するジープ、自らの手で葬った他人の財産だった。


「……面倒掛けるくらいなら、せめて迷惑料くらい払ってくれてもいいじゃないか」


 その黒髪の男、アドルフ・レッドフィールドはフリーの傭兵だった。


 その日暮らしの戦争屋。ギャラ次第で守り、救い、殺した。

 傭兵自体は珍しくもなんともない世の中において、男は優秀な傭兵であった。同業者から目をつけられるほどに。


 いわく、あいつのせいで俺の仕事が無い。あいつが敵について家族が死んだ。あいつのせいで。あいつのせいで。

 アドルフは自分に向けられているどす黒い感情に気付いていた。仕組まれた罠でさえも。


 偽の依頼。誘いに乗った理由は1つ。相手の所有物を奪うというもの。


 しかしその目論見はジープの後部座席に居た男が向けてきたロケットランチャーに、数秒前ナイフで喉笛を切り裂いた男の所有物だったアサルトライフルの弾を撃ち込んでしまいご破算となった。


「……アシ、欲しかったんだけどな」


 せめてもとアサルトライフルだけは持ち帰ろうとしたが、よく見てみれば暴発しないのが不思議なくらいそれの銃身が曲がっていた。

 どうやらまだ運だけはあるらしい、とアドルフはそれだけ納得してライフルを投げ捨てて帰ってきたのだ。


 この時代殺した相手の所持品を奪う事自体は常識と言ってもいい事柄だったが、先ほどロケットランチャーを爆破したせいで収穫は望めそうになかった。

 ドライバーが居ない状態のジープの後部座席から、接地しなければ使えないような兵器を使うような人間達だ。だがそんな考えの浅い彼らにも家族が居るのか、貴金属の類は一切身につけていなかった。無論あっても粉々で見る影もなくなっていただろうが。


 この時代ではそれらは、シルバーの指輪1つで殺し合いになるほどそれは貴重だった。


 人々が生産性を重視し、企業の私兵が装備する兵器以外の文明が止まった頃アクセサリーなどの身を飾る物は資産を持つ者たちだけの特権となった。

 それでも色の変わった貴金属を代々家族に受け継ぐようなコロニーもあり、それを持つ者は自らを守る為に警戒を余儀なくされた。

 そして男はその手の依頼を何度も受けた。ギャラによって守り、奪った。


 傭兵の中には護衛として受諾し、隙を突いて依頼人を皆殺しにして貴金属を奪うような連中もいた。加えて言えばメモリーインダストリーから記憶の奪取を同時に受け遂行する傭兵も。


 司法は死にモラルが腐った世の中だ。ザラにあること。


 しかし、アドルフはそれをしなかった。


 別に崇高なプライドがあるわけではない。

 ただ、雇い主がコロコロ変わるのはとても面倒で、何より信用を失えばアドルフの目標は叶う事は無かっただろう。


 アドルフは金の為に傭兵をしていた。


 故郷のコロニーには将来を誓った女が居て、彼女と幸せに生きて行く為に成人する前からアドルフは戦場に出ていた。

 資産を持つ者と企業、メモリーインダストリーの私兵とを含む企業の者達を除けば、傭兵が一番手っ取り早く儲かるのだ。

 アドルフの目論見は当たり、私兵を持つ程ではない、資産を持っていると言うには小さい勢力からの信頼を得る事が出来た。


 あの男は決して裏切らない。金が続く限り守ってくれる、と。


 あらゆる物を奪いに来た傭兵を殺すだけの毎日がついに終わりを告げた。目標金額が貯まったのだ。

 アドルフは帰郷の準備をしようとボストンバッグ1つ程の荷物を纏めているところに携帯端末が音を立て光を灯す。


 インスタントメッセージには"荒野の中央に拠点する私兵集団の強襲"と書いてあった。


 資産を持つ者達の尖兵である私兵集団は紛れも無くこの世で一番強い人間達であった。最新の兵器に最新の乗り物。そしてMEMORY SUCKER.。

 敵対した瞬間に暴力を浴びせ、そして奪う。それが出来る実力と精神と信頼を持った物だけが私兵集団に入れた。

 しかしどんなにいい装備でも扱うのは人間。日々戦争をしているのは何も私兵集団だけではないのだ。男は私兵集団との戦闘になればなるべく戦わないようにしていた。


 しかし一度どうしても逃げ出す事は出来なかった戦闘において、アドルフは私兵集団の大隊を全滅させた経験があった。


 何も難しい事は無い。


 当時の最新の装備に身を包みチャチな重火器を通さないパワードスーツに、フレンドリーファイアを誘い最新の重火器を破らせただけだった。

 その戦いによってそのコロニーは企業にも傭兵にも狙われることは無くなり、アドルフは仕事を失い新たな仕事を求めベースにしていたスラムへ戻った。

 そんなことを繰り返し、同業者に目をつけられていたアドルフが依頼内容を鵜呑みに出来るはずが無い。

 差出人はFever Om。入れ替えればEfremov(エフレーモフ)、組合に所属するアドルフと因縁がある同業者(ようへい)だ。

 アドルフは意味のないアナグラムに溜息をつきながら、1つの事実に気付かされた。

 エフレーモフは事ある事にアドルフに噛み付いてくる自意識ばかりで面白みも何もない人間だった。


 だがエフレーモフは企業とのつながりがあるコロニー出身で、そのコロニーのバックアップとしてジープを受け取っていたのだ。

 帰りが楽になる、あいつにいい手土産になる。アドルフは取ってもない皮算用を始め依頼を受諾した。

 アドルフは知らなかったが、2人は似た境遇にあった。

 それぞれの故郷のコロニーの為に金を稼ぎ、将来を共にすると約束した女の為に戦争をしていた。

 ただ1つ違う所があるのならエフレーモフは企業の庇護下にあるコロニーの有力者の息子で、アドルフは家族の記憶すらあやふやなただの一般庶民。


 アドルフはエフレーモフの事を歯牙にもかけていなかったが、エフレーモフはそんなアドルフに怒っていた。

 自分より下のレベルの人間が自分より信用を得て、自分より傭兵業で金を稼ぎ、そして自分を歯牙にも掛けぬその態度に。

 ただ、エフレーモフは打算もなしにこんな事を仕組んだわけではない。

 優秀な傭兵と言えど5対1なら敵わない。

 数の利はどの時代に置いても優位に立つための重要なファクターであった。

 何よりエフレーモフは確かに優秀だった。

 彼の父はそんな優秀な彼の為に兵器や乗り物、そして優秀な私兵を用意し、期待と共に送り出した。

 結果エフレーモフは優秀な指揮官となった。

 彼はあらゆるミッションで優秀な私兵に確実な指示を出し、自分と言うそのチームにおいて一番未熟な人間が武器を振り回す事になる前に事を終わらせた。

 その結果、私兵の1人が喉を切り裂かれ殺された光景にエフレーモフは激昂してしまった。喉を裂かれた私兵はエフレーモフが師と仰ぎ、指揮官としての生き方を教えてくれた人物だったのだ。

 エフレーモフはその威力と視覚の派手さから気に入っていたロケットランチャーをジープの後部座席の窓から出した。

 その一撃は男の肉体を爆散させ男の命を確実に終わらせるだろう。


 くたばれ。口をつくスラングを中空に踊らせながら引き金を引こうとした時に、アドルフの灰色がかった黒い瞳が自分を捕らえている事に気付いた。


 そして理解した。負けたのは自分なのだと。


 肩に担いだロケットランチャーの爆破によって自らが死ぬ寸前まで、エフレーモフは確かに優秀だった。

 しかしもはやただの過去だ、と嘆息したアドルフは家路を進む。

 アドルフがベースとしているスラムは、旧時代にリヴァプールと呼ばれた都市の名残。

 もはや瓦礫しか残っていないただの溜まり場であり、多くの傭兵が集う掃き溜め。

 多くの傭兵は民間軍事企業同士を繋ぐ組合を介して仕事を請けていたが、アドルフは訳あって個人で全てを受けていた。


 何も最初からアドルフは、1人で傭兵業を始めようとしていた訳ではない。

 しかし初対面のエフレーモフと揉めてしまい、結果として組合から嫌われてしまったのだ。

 エフレーモフは企業と関わりの深いコロニーKzyl(クズル)のバックアップを受けていた。

 そのため企業とのパイプを作りたかった組合と民間軍事企業は、アドルフという異物を排除する事にしたのだ。


 それからのアドルフは生半可ではない苦労を強いられ始めた。

 見つかるとは思えない失踪人の捜索。

 今の世においても歓迎されない紛争地帯からの移民の子供達、人買い達からの護衛と言う名の子守。

 その母達の護衛と言う名の買い物の荷物持ち。


 もし目標を持たず、覚悟を持って傭兵という職業についていなければ、アドルフはとっくに逃げ出していただろう。

 しかし悪い事ばかりではなかった事も事実だった。

 基本的にアドルフは単独戦闘を行うため、常に最悪の事態を想定して動けるようになったのだ。

 エフレーモフのロケットランチャーに気付けたのも、その能力によるものだった。

 そして子供達の護衛のおかげか、どこへ行っても子供にだけは懐かれた。

 決してそれが傭兵家業に役立ったという訳ではないが、円滑な人間関係を築くのに役に立ってくれたのは事実だった。

 その代償としてとある大型コロニーの護衛任務の際、哨戒中の傭兵に子供達がゾロゾロとついて来るというトラブルを抱える事になったが。

 コロニーの有力者の1人娘が率先してついてくる時には、思わず頭を抱えてしまったりもした。

 それでもあのコロニーの子供達は聡明であったと、アドルフは確かに覚えている。


 アドルフがあの歳の頃どうだったがは本人は覚えてはいないが、あのコロニーの子供達ほど聡明ではなかっただろう。


 そんな事を考えながら慣れ親しんだ集合住宅に辿り着いたアドルフは、見覚えのないバイクに眉を顰める。

 掃き溜めのようなスラムには似つかわしくない高級品。


 しかし、とアドルフはそれを無視して歩みを進める。

 傭兵家業は今日で廃業、これ以上面倒を抱え込む理由などないのだから。


 物分りはいいが、遊びに貪欲な子供達。

 物分りは悪いが、圧倒的な殺意に消えていく敵対者達。


 その全てが過去の物であり、これからのアドルフは故郷で女と静かに暮らしていくのだから。


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