Dance With Shadow/Trance With Hallow 3
「よう、サムライ女! まさか1人で来るなんて思わなかったぜ!」
フルフェイスのヘルメットを被った野盗の嘲るような馴れ馴れしい言葉を無視して、アンジェリカは岩壁に必死で身を隠す。
野盗の口振りからして相手は自ら知っており、退色した仲間を見殺しにするだけの価値をアンジェリカの殺害とLibertaliaに見出している。だがアンジェリカが自分達の安全のために殲滅してきた組織の数は数知れず、とでもではないが検討はつかない。
それでも、野盗達がアンジェリカ・イグナイテッドという最強の戦力を葬った後にLibertaliaを襲う事は考えるまでもなかった。
「どうしたサムライ女!? 一方的にやれる気持ちはどうだ!?」
自分を捕らえ切れていないアンジェリカに、野盗の男は嘲笑うように声を張り上げる。
アンジェリカという最強の戦力を思うままに、一方的な銃火を浴びせている。轟音と振動と共に撒き散らす暴力は圧倒的で、合成アルコール以上の昂揚感をもたらしてくれる。
だからだろうか。弧を描く男の口から、禁句が発されてしまったのは。
「てめえの大事な大事なお姉さまは大事に犯して殺してやるよ! 安心して死にな、サムライ女!」
瞬間、意識化のアクセルがマックスまで踏み込まれ、アンジェリカの世界から音が遠ざかっていく。右手に握られた太刀はミシミシと音を立て、身に覚えのある怖気が起伏に富みながらもスラリとした体躯を襲う。
大事な姉を、たった1人の家族を、この男はどうすると言った?
考えるだけで腸は煮えくり返りそうになり、その半面で頭は冷静に戦略を組み立て始め、視界は足元に転がる野盗達の装備に向けられる。
設置型の兵器を用いている以上、弾数は必要以上に用意している可能性が高く持久戦は不利。その上、この施設は1本道のような構造をしており、岩壁などの盾になるような地形はあっても回り込むなどの事はは出来ない。
そして脳裏に再生されるのは、エイブラハムと巨鳥の生態兵器の戦闘記録。
正面突破、ただしダメージを受けない形で。
アンジェリカにとってメリッサが唯一の存在であるように、メリッサにとってもアンジェは唯一の存在なのだから。
「交戦開始」
他の誰にも理解出来ないが、アンジェリカにとって父と繋いでくれた初めての言葉。
その言葉を紡ぐ硬質な声はガトリング砲の轟音に掻き消され、アンジェリカは足元の死体が纏うパワードスーツを切り裂き、切っ先を跳ね上げるように目的の物を手中に収めた。
「もう飽きちまったよ! いい加減諦めてくれねえか? お前が死ぬのなら、姉さんは見逃してやるよ――」
もう十分だろう。泣いて姉の命乞いをするのを見たかったが、仕方ない。
そう言外に付け足した野盗の男の言葉に、途端に投擲が止み、そして赤い影が岩陰がちらついた。
「――まあ、嘘だけどなァッ!? ヒャハハハハハハァッ!」
そう嬌声染みた笑い声を上げながら野盗の男は、再度ガトリングの引き金を引いた。
しかしその赤い影をガトリングが捉えることは出来ず、再度投擲が再開されヘルメットが野盗の男に向かって飛来する。
「無駄無駄無駄ァッ! ざまあねえなあ、サムライ女ァッ!」
口角を上げた野盗の男は未だ悪足掻きを続けるアンジェリカを罵りながら、ガトリングの砲口を飛来する物体へと向けて弾丸を殺到させた。
飛散する樹脂の破片、そして炸裂したのは煙幕と閃光。
ヘルメットに搭載された遮光のシステムが起動し、ディスプレイを兼ねたシールドがホワイトアウトする。




