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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Irregular(短編集)
182/190

Dance With Shadow/Trance With Hallow 1

 岩肌が剥き出しになった独房の中、メリッサは外から聞こえる少女達の悲鳴や慟哭する声から逃れるように俯きながら耳を塞いでいた。

 少女達よりも遥かに年上であるメリッサが暴行の対象になることはなかったが、圧倒的な恐怖が闊歩しながらまとわり付くような視線をメリッサに向けた。

「心配すんなよ。アンジェリカ・イグナイテッドを犯した後であんたも混ぜてやるからよ」

 ヘルメットから口だけが露出した男の下卑た粘着質な言葉に、メリッサは自らが義妹に対しての人質にされた事を理解する。

 命を断ってしまえばとメリッサは考えるも、心優しい妹は自らの遺体がここにあると知れば回収に訪れてしまうだろう。

 ならばどうすれば足を引っ張らずに、妹を男達の手から救うことが出来るのだろうか。

 メリッサは灰色の瞳で自らの手の平を見やりながら、思索し、そして答えを得る。

「……アンジェ」

 紡がれたメリッサの愛する妹の名前は、少女達の悲鳴に溶けて消えていった。


 ●


 世界が悲鳴を挙げている。


 空気は明確な殺意に鳴動し、乾いた空気は押し殺されるようにその気温を下げていく。

 そんな錯覚を生むほどに押し黙った女が、最高純度の殺意を発露する女が高速で走行する車両の荷台で座り込んでいる。

 飾り気の無い白いカッターシャツに、同じく飾り気の無い黒いカーゴパンツ、そして赤いトレンチコート。それらを纏う女のアイスブルーの双眸は感情を失ったかのように冷たい光を灯し、白雪のように美しい白銀の髪を掻き分けて、その冷たくも優美な美しさとは不釣合いな金属製の耳が生えている。

 女の名前はアンジェリカ・イグナイテッド。コロニーLibertalia(リベルタリア)最強の用心棒であり、最良の戦力として作り上げられた理性的な暴力だ。


 アンジェリカはギアが回転する音を聞きながら、亡き父から譲り受けた白銀の握り締める。


 全ての始まりは、移民団らしきキャラバンの救難信号だった。


 有色退色問わず受け入れるスタンス持つLibertaliaは救難信号を無視する事は出来ず、救援部隊を結成してポイントへと急行させる。遭難者達を乗せる大型車両の運転手、有事の際を想定した防衛部隊の隊員、そして衛生兵としてレジスタンスに従軍していたメリッサ・イグナイテッドを連れて。

 最初から反対だったのだ。悔しげに歯噛みした殺気をさらに研ぎ澄ますようにゆっくりと息を吐く。

 遭難者と遭難者の物資の移送には人手が必要ではあるが、そのためにLibertaliaの守りをおろそかにする訳にはいかない。そう判断したLibertalia首相フェルナンド・リベルタリアはアンジェリカにコロニーでの待機を命じていた。

 元々善意の防衛戦力でしかないアンジェリカは無理矢理同行しようとするも、他の誰でもないメリッサにLibertaliaを守って欲しいと諭されてしまえば、その言葉に従わない訳にはいかない。

 欠片ほどの愛着が湧いていなかったとしても、そこは確かにアンジェリカとメリッサの住処なのだから。


 だからこそ、アンジェリカは怒っていた。

 何の役にも立たなかった防衛部隊の隊員達に、遭難者と偽っていた野盗(バンディット)達に、拉致されるメリッサに背を向けて逃げ出した運転手に。

 仲間達が殺されていく様に、戦闘の訓練を受けていない運転手が怯えてしまったのは理解してもいい。


 だが、メリッサを見捨ててまでして生き延びようとした事を許せるほど、アンジェリカの心は広くない。


「殺してやる」


 人々へ、世界へ、存在する有形無形のもの全てへ。硬質な声に明確な殺意の言葉が紡がれる。

 姉に触れた者はその指から、姉を下卑た目で見た者はその目から、姉へ害意を向けた者はその魂ごと。

 父を死においやり、その上姉まで害をなそうとする世界を許すことなど、アンジェリカには出来はしなかった。

 アンジェリカにとって世界は姉と暮らすためのものでしかなく、姉が居なくなってしまえばアンジェリカは迷わず世界を殺すだろう。

 もう姉だけなのだ。アンジェリカをこの世界へ繋ぎとめ、シャドウ・ブレインではなく自分をアンジェリカ・イグナイテッドとして認めてくれるのは。

 ナイトメアズ・ソウトと呼称された声も、彼女を救う事を悔やみながら死んだ父も、もう自分の名前を呼んでくれはしないのだから。

 やがて車両はスピードを落とし始め、ゆっくりとその動きを止めていく。

 アンジェリカは白銀の太刀をアタッチメントでベルトに固定して立ち上がり、車両の扉を蹴り開けて飛び降りる。しなやかな足で蹴り開けられた合金製の扉は醜く歪み、真紅のトレンチコートはアンジェリカの怒りを現すように荒々しく翻る。世界というものが舞台であるのなら、スポットライトを浴びているのは間違いなくアンジェリカただ1人だった。


「ミス・イグナイテッド、本当にお1人で――」

「足手纏いはいりません。ただ――また逃げ出すというのなら、どんな手段を使ってでも殺しますよ」


 運転席から投げ掛けた男は、振り向きもせずに吐き捨てられたアンジェリカの言葉に、一気に体温が引いていく錯覚に襲われる。

 ウィリアム・ロスチャイルドが戦場から姿を消し、名実共に最強となりえた世界の回答者(アンサラー)

 買ってしまった広くは知られていない最強の存在の怨みは、決して軽いものではなかった。

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