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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
18/190

In To The Deep Unknown/Brew The Cheep A Known 7

「マジかよ――ローラ嬢ちゃん、しっかり捕まっててくれよ」


 舌打ちの後に吐き出されたアドルフの言葉。

 その言葉にローレライが反射的に腕に力を入れたその瞬間、バイクが今まで以上の速度を持って走り出した。


「どうなさいまして!?」

「奇形生物だ! 振り払いつつ、追い縋る奴を殺しながら進むぞ!」


 怒鳴り返された言葉にローレライは背後へと視線をやる。

 そこに居たのは高速で疾駆する、薄汚い灰色の毛並みの中に装甲のような組織を纏う、2mほどの体躯を持つ狼だった。

 大地が朽ち果て、太陽を失った世界。

 その世界で生き抜けたのは僅かな物資を奪い合う人類と、独自進化を遂げた僅かな生き物達だけだった。


 歪であり、初めて対面した醜い急襲者。


 腹部に回されたローレライの腕がかつてない恐怖に震えているのを感じながら、アドルフはミラー越しに敵対者を確認する。

 決して遅いとは言えないバイクを追い駆けるのは6体の奇形生物。

 奇形生物達は縦1列に隊列を組んでバイクを追跡しており、後続する奇形生物を守る形になっていた。

 まるで思考能力を持っているかのようなその行動と、その全てが頭部から背中にかけて装甲のような組織が他ならぬ奇形生物達を守っているのだ。


 ハンドキャノンとアンチマテリアルライフルの弾丸を、出来るだけ使いたくなかったというのに。


 苛立ちを紛らわすように舌打ちをするアドルフは、腰のガンホルダーからハンドキャノンを取り出した。

 銀色の銃身は獲物を求めるようにギラリと輝き、アドルフは必要なくなるはずだったその道具に嘆息する。

 しかしライダースジャケットに納められた金の首飾りが、ローズマリーとの約束が、胸中で溢れ出す感情がローレライを守れとただ強く訴えているのだ。


 そしてアドルフはおもむろに先頭を走る奇形生物へと、ハンドキャノンの弾丸を放つ。

 冗談のような銃声、殺しきれなかった反動に踊らされる腕。

 解き放たれた弾丸は真っ直ぐ奇形生物へと向かい、装甲に覆われていない眼球を穿つ。


 撒き散らされる奇形生物の中身、濃厚な死の気配。

 後方でそれを感じながら、アドルフはハンドルを握る左腕でバイクを制御する。

 生存本能が強い奇形生物達はそこらに撒き散らされた餌に群がるだろう。

 アドルフはそう考えて行動を起こしたが、ミラー越しの口径は予想外の物だった。


 奇形生物達は格好の餌を無視して、未だアドルフ達を追い駆けていたのだ。

 経験に基づく判断とは違う結果に作為的なものを感じたアドルフは、眼帯に覆われていない右目で辺りを見渡す。

 荒野にはいくつかの隆起はあるものの、2人を隠してくれそうな遮蔽物はない。


「今からちょっと乱暴な事をする、絶対に落ちないようにしっかり捕まっててくれ」


 おそらく理解は出来ていないだろうと判断しながらも、アドルフはローレライに注意を勧告する。

 奇形生物達を撒ける術がない以上、その全てを殲滅しなければならない。

 そしてアドルフは一際大きな隆起へとバイクを走らせる。


「ど、どうするおつもりですの!?」


 隆起の先が見えないことから、隆起とその向こうの大地にはある程度の高低差があるだろう。

 混乱しながらも聡明な頭脳が導き出したその事実に、ローレライは恐れながら大声を上げる。

 そして返された答えは、ローレライにとって最悪な物だった。


「飛ぶんだよ! 舌を噛まないようにだけ気をつけな!」


 平然と告げられたその言葉にローレライは一気に熱が引いていくのを感じる。

 このバイクには飛行する機構などついてはいない。

 そこから導かれる答えは1つだった。


「……落ちる、の間違いではありませんの?」

「鋭いな、そっちの方が"らしい"や」


 シニカルな響きを持った言葉を聞いた次の瞬間、バイクが乾いた大地から空中へと飛び出した。

 不意に襲い掛かる浮遊感に悲鳴を上げそうになるローレライ。

 アドルフは体を捻って上半身だけ後ろを向き、自身の背中に顔を埋める少女の頭上にハンドキャノンを突き出す。

 隊列のせいで一気に殺し切ることが出来ないのであれば、隊列を崩させてしまえばいい。


 それが最も効率的で、弾丸を消費せずに済むのだから。


 バイクに続くように隆起を飛び越えた奇形生物達は重力に導かれ、その隊列を崩しながらバイクへと飛び掛ってくる。

 僅かな隊列の乱れ、しかしアドルフにとってはそれで十分だった。

 残る弾丸は4発、残る敵対者達は5体。

 アドルフは角度をつけながら、4体へと残る4発の弾丸を放つ。

 冗談のような銃生徒とも吐き出された銃弾達は、奇形生物達の装甲を撃ち抜いてその身を地面へと叩き落していく。

 銃口から硝煙が昇るハンドキャノンを即座にガンホルダーに戻したアドルフは、両手でハンドルを握り直して着地の衝撃に備える。


 数秒ぶりの母なる大地との逢瀬。


 軽く腰を浮かせる事でローレライの慣性をその身に受けながら、バイクの後輪を滑らせてアドルフは反転する。

 そこに居たのは生き残った最後の奇形生物。

 アドルフは左腰のガンホルダーに納めていたハンドガンを取り出して、その銃口を突きつけるように奇形生物へと突き出した。

 ハンドキャノンとは違い、人の身のみで扱い遂せる事が合金製の殺意。

 2人を乗せたバイクは逃げる必要はないとばかりにその動きを止め、ただその巨体と相対していた。


「悪いな、うちのお嬢様は犬はお好きじゃないようだ」


 そう言ってアドルフは無造作に引き金を引く。

 渇いた銃声、固体が含まれる水分が撒き散らされる音、重い肉が地面に叩きつけられる音。

 たった今殺したばかりのそれらに目もくれず、アドルフは辺りの生き残りが居ないかどうかを探る。


 目に入るのはいくつもの奇形生物の死体。

 耳に届くのは荒野の風とバイクのエンジン音。


 脅威は去った。そう判断したアドルフは、ハンドガンをガンホルダーに戻してハンドキャノンを改めて取り出す。


「さて、と。大丈夫かい、ローラ嬢ちゃん?」


 シリンダーから零れ落ちる真鍮色の薬莢。

 弾丸を装填しながら、アドルフは黙ったままのローレライへと問い掛ける。

 しかしローレライは俯いたまま、その問い掛けに答えようとはしない。

 それも無理はないだろう。

 知性を持ち、食欲に抗い、目的を持っているかのように自身らを襲った奇形生物達。

 遭遇する事自体稀な上に、アドルフでさえ始めて対面したその脅威に晒されたのだから。


「……お」

「お?」


 ようやく吐き出されたローレライの言葉を、アドルフは確かめるように繰り返す。

 BIG-C撤退戦ではアドレナリンのおかげでなんともなかったようだが、今回の戦闘では奇形生物の物とはいえ血を見せてしまった。

 もし心的()外傷()後スト()ス障害()を負ってしまっていたら。

 償う事も出来ないであろう懸念を抱えるアドルフに、ローレライは顔を上げて告げた。


「お兄さんのバカァッ!」


 荒野に響き渡るヒステリックな響きを持つその言葉は、皮肉にもローレライの16歳という歳相応のものだった。

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