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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Irregular(短編集)
179/190

Take Me Higher/Break Me Fire 2

「どうして、助けてくれたんですか?」


 胃は満腹を訴え、嗚咽と涙が収まったタチアナは麗人へそう問い掛けた。

 麗人は少なくは無い資産を有しており、有色の人間を救うメリットがないどころか人買いに目を付けられてもおかしくは無い。麗人がしたことはそういうことなのだ。


「言ったじゃない。おばちゃんがしたかったからしただけよ」

「でも――」

「でもも何もありはしないわ。おかげで楽しい時間も過ごせたし、おばちゃんは大満足よ」


 事もなげにそう言いながら麗人は2杯目の紅茶に口をつけ、タチアナは甦る恐怖に体が震えだす。

 あの時味わった絶望感を、この人に味合わせてしまうのではないか。

 こんなにも暖かく優しい愛情を持った人が、そんな目に遭っていいはずがない。

 すぐに逃がさなければならない、そう思いタチアナが行動を開始しようとしたその時、車両のエンジン音がバーの外から響いてきた。


「無粋な連中ね、こっちは優雅なティータイムって洒落込んでるのに」


 不機嫌そうに麗人はそう言いながらグラスを置いて立ち上がる。


「に、逃げてください! 私が囮になりますので!」

「馬鹿言わないでちょうだい。そんな案に乗れる訳ないでしょう」

「で、でも――」


 タチアナの言葉を遮るように鳴り響く無数の銃声、そして撃ち込まれる弾丸。

 咄嗟にタチアナは床に頭を抱えて蹲るが、麗人は動じた様子も無く自らのコートを広げ自らが置かれた状況を何とも思っていないかのようにコートを羽織る。

 放たれた弾丸はガラスを撒き散らし、壁を穿つも、一発として麗人を捉えることが出来ぬままその役目を終えていく。


 やがて止む銃声、麗人はあきれ果てたばかりに嘆息して入り口へと向かいだした。


「ま、待ってください! 私が囮になりますから!」

「却下よ。あいつらを遠ざける代償にあなたを捧げるなんて、冗談じゃないわ」


 釣り合わないじゃない、と言外に付け足しながら麗人はなおも入り口へ向かい、タチアナは無様にガラスが散乱する床に蹲りながらもただ焦燥に駆られる。


「私はもう十分です! ホットサンドも紅茶も美味しかったです! 助けてくれたことも本当に嬉しかったです! だから――」


 言葉を続けようとしたタチアナのかさついた唇に、麗人は人差し指を当ててその言葉を遮る。

 透き通るような青い双眸が、強い意志を持った碧眼がタチアナの青灰色の瞳を捉える。


「そんなに自分を安くしてはいけないわ、だってタチアナちゃんはまだ何もしていないもの。可能性も実力も、全てここからなのよ」

「で、でも!」


 それでもタチアナは引くわけにはいかない。

 初めて感じた愛情は楔となり、麗人を失うことをタチアナに強く拒否させるのだ。

 その様子をどう理解したのかタチアナの唇から指を離した麗人は、一瞬何かを思案するした後に改めてその碧眼でタチアナを見つめ返し口を開いた。


「どうしてもおばちゃんに何かしてくれるって言うなら、1つ頼まれてくれないかしら。タチアナちゃんにしか出来ない、とても大事な事なのだけど」

「は、はい! なんでもします、だから教えてください!」


 自らの代わりに盾になれ、喰らい付いてでも銃を向けさせるな。

 何を言われてもそれをやってのける覚悟、与えられた愛情の暖かさが生んだそれを胸に確かめながらタチアナは放たれる言葉をただ待つ。


「私を信じて。何かに祈らなくてもいい、何か手出しをしなくてもいい、ただ私が勝利することだけを、それだけをただ信じてちょうだい」


 その言葉が理解出来なかったタチアナ、言葉を失ってしまう。

 代わりに死ね、タチアナはその言葉を待っていた、覚悟していたのだ。

 しかし麗人の口から発されたのは、ただ信じろという、身を任せてしまいたくなるほどに甘美な言葉。


「あなたが私を信じてくれれば、信じてさえくれれば、私は絶対に負けないわ」


 麗人はそう言いながらタチアナの頭を軽く叩きながら、コートの重みを確かめるように襟を正す。

 決して負ける戦いではないが、タチアナや他の人間が傷つくことを麗人は看過することは出来ない。

 いざとなれば暴力を行使することを躊躇いはしない、そう決意しながら麗人はタチアナから離れてバーの入り口から外へ出た。

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