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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Irregular(短編集)
178/190

Take Me Higher/Break Me Fire 1

 草1つ生えぬ荒野。

 その風景に合わぬ青いコートを纏う金髪碧眼の美しい女は、自らの右手で作った銃を人買いの男達に向けていた。

 赤毛の女を車両に連れ込む事に夢中な男達は、向けられた敵意に気付けぬまま仕事を遂行しようとしている。


「バーン」


 銃声を模した間の抜けた声、それと共に反動を表現するように持ち上げられた人差し指の行方。

 しかし何も起きるはずはない、その悪ふざけとも言えたそれに状況は変えられた。

 突然の銃声、打ち抜かれた男の足。

 それに触発されるように男達の腰に付けられた粗悪なハンドガン達は暴発を始めだした。

 金髪の麗人はその混乱の中に飛び込み、小柄な赤毛の少女を抱えてそのまま走り出した。

 突如現れた麗人、戦闘訓練など受けていないであろう華奢な体の女の登場に男達は驚愕するも、比較的軽傷な者からライフルの銃口をその女に向ける。


「がっつくんじゃないわよ、必死すぎて正直萎えるわ」


 麗人はそう言うなり、足元にあった石を振り向き様に蹴り飛ばす。

 狙いも何も付けられず、ただいい加減に蹴り飛ばされた石。それは吸い込まれるようにライフルの銃口へと食らいつき、放たれた弾丸とかち合う。

 そして押し戻された弾丸は次弾にその身を押し付け、内包する殺意を撒き散らした。


「ちょっとだけ我慢なさい、悪いようにはしないから」


 自らの胸元で怯えるように目を瞑る赤毛の少女にそう言うなり、その麗人は背後の惨状を無視してそのまま走り去っていった。


 ●


「好きな物を注文なさい。心配しなくても、おばちゃんが全部支払うから」


 そう金髪麗人は透き通るような碧眼を称える美しい顔に笑みを浮かべ、赤毛の少女にメニューを差し出した。

 コロニーBastilleバスティーユにあるレストランを兼ねたバーに、麗人と赤毛の少女は居た。

 麗人は着込んでいた胸元にフレアの刺繍が施された青いロングコートを椅子の背に掛け、服の上からも見て取れる美しいシルエットを惜しむことなく晒していた。

 そして赤毛の少女はその突如現れ、自らを救ったこの薄汚れたバーにそぐわない金髪の麗人の得体の知れなさに困惑していた。


「お嬢ちゃん、名前聞いてもいい?」

「た、タチアナです」

「そう、可愛い名前ね」


 突如として向けられた問い掛けに少女は戸惑いながらも、売られた際に失ったファミリーネームを除いてそう答え、金髪の麗人は告げられた名前を確かめるように呟く。

 おばちゃん、自らをそう称した麗人は歳を感じさせず、その容姿もタチアナの困惑を加速させる。


「おばちゃんはホットサンドと紅茶にするけど、タチアナちゃんは?」

「あの、その、同じ、もので」

「了解、ホットサンドと紅茶2つ! 紅茶はさっさと持ってきてちょうだい」


 豪放磊落、そういうに相応しい態度で麗人はキッチンで仕事に従事する男に注文をした。

 赤毛の少女――タチアナと対面するように座る麗人は、雰囲気も所作も品性を感じさせるものではあったが、どこか親しみやすさを感じさせるその態度がタチアナの緊張をほぐしていく。


「あ、あの、ありがとうございました」

「いいのよ、おばちゃんがやりたくてやったんだから」


 ようやく言うことが出来た礼に、タチアナは1つ気分を軽くさせられる。


 タチアナは両親に売られた。


 有色の人間の商品価値は高く、金に困ったタチアナの両親は迷うこともせずにタチアナを人買いに差し出したが、1つだけ問題が発生した。

 コロニー内で人買いに娘を差し出してしまえば、金の為に娘を差し出した守銭奴として見られることとなり、そのコロニーで生きていくことは出来ないとタチアナの両親は気付いたのだ。

 だから荒野をタチアナ1人に歩かせて"保護"に見せかけた回収によって人買いは商品を手中に納め、タチアナの両親は金を得る筈だった。


 しかしそこにイレギュラーが唐突に現れた。


「甘ッ!? 何この紅茶!? 甘ッ!? なんか癖になる!」


 番狂わせをいとも簡単に巻き起こして見せたその張本人は、過多とも言えるシロップが入った紅茶を飲みながら騒いでいた。


 それほどなのだろうか。


 タチアナは自らの前にも置かれた紅茶、シロップの沈殿がグラスの外からも見て取れるソレを一口含んだ。

 口内で暴れ回る甘み、予想以上のソレにタチアナは目を見開いた。


「……甘い」

「でしょ!? なんか癖にならない!?」

「なるかも、しれません」


 あくまで見た目とそぐわない態度に、思わずタチアナはクスリと笑みをこぼす。


 こんなに楽しいと思えたのはいつ振りだったのだろうか。

 企業が壊滅する前まで、タチアナは企業の軍需企業で働いていた。

 少ない給金は両親憤らせ、タチアナの小さな体に怒りの矛先は向いた。

 幼少の内に売られなかったのはきっと自らを愛してくれているから、殴られ蹴られたその最中でタチアナはそう信じていたが結果は違う形で現れた。

 枯れ果てた大地、干上がった海、ガスに覆われた空。

 そんな子供が生きるには過酷な環境で子供を買うというのは、人買いにとってもギャンブルであり、それならばある程度育てられた有色の人間を買う方が人買いにとっても確実な利益を生むのだ。

 金髪の麗人に目を釘続けにされならがも、若いウェイターはテーブルに2人分のホットサンドを並べていく。

 麗人はそんなウェイターに笑みを浮かべて礼を言い、ウェイターはその美しい微笑みに浮かされるようにキッチンへと帰っていった。


「暖かい内にいただきましょう」


 そう言いながら金髪の麗人は躊躇うことなくホットサンドを掴み、齧り付いた。

 端が焦げているパン、そこからはみ出す一目で分かるほど粗悪な有機食材。

 それでも与えられたことのない、最低限の品質が保証されている食事にタチアナは手を伸ばす。

 指先に伝わる暖かさを感じながら、ホットサンドの端に小さな口で齧りついた。

 トマトの酸味、瑞々しいとは言えないレタスの歯ごたえ、芳醇なチーズの香り。

 それが口に溢れると同時に、タチアナの青灰色の瞳を持つ目から涙が溢れ出す。


「美味しい?」


 その問い掛けに頷くことで応えたタチアナの頬に、やわらかい布が当てられる。

 感じたことの無い感情に涙は溢れ続けるものの、空腹はタチアナにホットサンドを齧らせ続ける。


「いっぱい食べなさい。おばちゃん、こう見えてもお金は持ってるから」


 その言葉はタチアナの嗚咽を強め、そして愛情というものをタチアナの心に残していった。

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