Bash Out/Rash Bout
「却下よ、父さん」
コロニーGlaswegianのとある家、その家のリビングのテーブルを挟み向き合う男女、歳の離れたその組み合わせは親子であることを一目で理解させる。
娘はサンディブロンドの髪を指先でいじりながら、なおも言葉を続けた。
「いい? 名前って言うのはとても大事なものよ、特にこれに関しては何人もが命を預けることになるのよ。だからこそ、もう一度はっきり言わせてもらうわ――却下よ、父さん」
その言葉を向けられた父は加齢により白が混じり始めた娘と同色の髪を撫でつけながら、娘に淹れてもらったコーヒーに口をつける。
上等どころが2番目に安い代物だが、娘が自らの為に淹れてくれたという事実が父に至上の喜びを与える。余談ではあるが一番安いコーヒーは、着色された砂が混じっているため誰も買わない。
「決めかねるなら私も手伝うわよ。ローラちゃんのところの名前は……参考にならないからあれだけど」
年下の幼馴染が開業することとなった、お世辞にもセンスが良いとは言えない傭兵屋の名前。
名前に関してはどこも苦労していそうだ、娘は胸中でそう1人ごちながら嘆息する。
「サビナよ、俺の話を聞け。命を預ける名前だからこそ、その名前をつけることにしたのだ。伊達や酔狂で選んだわけではない」
「それでも、よ。皆が父さんと同じ感情を持っているわけが無いじゃない」
「当然だ。それでも根底は同じ、親愛という愛情を内包した感情を皆も持っている。何も心配は要らない」
自らの言葉を理解しない父に娘は嘆息し、打開策を思索する。
昔気質の頭の固い父ではあるが、決して話の分からない人間ではない。その筈の父の強硬な姿勢が、娘に深い溜め息をつかせた。
だからといって娘はそれを認めてやるわけにはいかない。
そこまで想われているのは嬉しい、それでも認めてやるわけにはいかないのだ。
「だからって、民間軍事企業"サビナ"って何なのよ!?」
「なんだ、不服か?」
「不服よ! どこのコロニーに社長の娘で、一会計でしかない人間の名前をつける軍事企業の会社があるのよ!?」
娘は思わず語気を荒め、父はその娘に取り合うことも無くコーヒーの入ったカップを口に運びながら当然のように口を開く。
「コロニーGlaswegian、社長はトニー・ルーサム。そして率いる軍事企業の名前は――」
「却下よ、父さん。ええ、却下ですとも。認める訳にはいかないわ」
「しつこいな。存外、お前も」
精一杯の気合を込める言葉も歴戦の猛者である父には届かず、娘は歯軋りをしながら父への対抗の姿勢を崩そうとはしない。
受付嬢も兼ねている娘にとっては、自らの名前が付いた軍事企業に訪れた客の応対をするなど冗談ではなかった。
「ならば折衷案だ。サビナよ、お前の思う我らの名前を考えろ。そして多数決といこうじゃないか」
「……乗ったわ、後で後悔しても知らないわよ?」
「言ってくれる。流石は我らの勝利の女神よ」
「その発言も認めないわ! 覚えておきなさい、父さん! 飲み終わったらカップに水を張っておきなさい、父さん!」
そう言って勢い良く自室へと駆け込む娘を見て、父は柔和な笑みを浮かべる。
父にとっては妻と部下、娘にとっては母と婚約者。
親子は失ったものは大きくその結果、娘は塞ぎこんでしまった。
「感謝するぞ、チャールズの娘よ」
その娘を立ち直らせてくれた親友の娘に、父はカップを掲げる。
ローレライ・アロースミスは父と生まれ故郷を失いながらも人々を勝利へと導き、そして傭兵と共に姿を消した。
そして再度人々の前に現れたその娘はローレライ・ロスチャイルドと名前を変え、この世界でウィリアム・ロスチャイルドという傭兵の隣という世界で最も過酷な居場所を得ていた。
「恩は、必ず返そう」
そう言葉を中空へ解き放ち、父が脳裏に描くのは倉庫に転がっている白い装甲を纏う巨大な粒子砲。
ウィリアム・ロスチャイルドという、コロニーの英雄が刻み付けた確かな生の証。
裏切った味方を殺し尽くして姿を消した男が、存在したという証。
戦いが、時代が、そして担う人間が変わっていくのを確かに感じながら、トニー・ルーサムは世界に胎動する潮流を飲み干すように娘が淹れたコーヒーを飲み干した。
余談ではあるが民間軍事企業の名前はサビナ・ルーサム考案の「アブレイズ」とトニー・ルーサム考案の「サビナ」の一騎打ちとなったが、娘を慕う若い衆たちの票により「サビナ」に決定し、そしてその結果娘を狙う人間の多さに気付いた父は頭を抱えることとなった。




