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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Irregular(短編集)
173/190

Perfect Killing/Wrecked Willing 2

「お嬢様、お着替えをお持ちしました」

「んー、そこ置いといて」

「お手伝いいたしましょうか?」

「いりませんー、これくらい1人で着られますー」


 少し拗ねたような返事を返す亜里沙にナターシャは小さく笑みをこぼし、朝食後に行う講義の教材を机の上に並べていく。

 数字から礼儀作法まで。企業に取り入るほどの名家出身のナターシャが、亜里沙の歳には既に理解していた全てと、謀略者(フィクサー)として手腕を振るえるだけの全て。

 一見すると過剰な教育にも見えるかもしれないが、ろくな教育を受けていない移民のはずの亜里沙は全てを理解して見せた。

 その才能は謀略者としてのナターシャを強く揺さぶり、リベルタリア家長子であり、次期首脳であるフェルナンド・リベルタリアを霞ませるほどのものだった。


 コロニーという箱庭は、お嬢様の才能の発達を妨げるかもしれない。

 綺麗な花を咲かせる種があったとしても、土壌が枯れ果てているのであれば種はただ朽ち果てるだけだ。


 そんな益体もない考えを嘆息することでナターシャが振り切っていると、洗面所の扉が開いた。


「おはよう、サーシャ」

「おはようございます、お嬢様。もうご朝食のお時間ですので食堂へ向かいましょう」

「うん」


 ナターシャはようやく目が覚めたらしい亜里沙を連れて部屋を後にし、は主とは違い、とうに目覚め働き出していた屋敷を歩いていく。

 窓からはガスに遮られたささやかな日光を取り入れ、光を受けたアイボリーの壁は鈍い光を湛える。その光景は日光が届かず低い気温に包まれるリベルタリア邸を、生を感じさせながらも静謐な雰囲気を演出していた。


 申し訳程度の装飾が施された扉を開けて黙礼したナターシャは、亜里沙を定位置へと導いて席に着かせる。樹脂に木目をプリントした長いテーブルにはコロニーLibertaliaリベルタリア首脳でありリベルタリア家党首でもであるパトリック・リベルタリア、その妻でありアリサの実の母であるチーロ・リベルタリア、そしてリベルタリア家次期党首であるフェルナンド・リベルタリアが居た。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「構いやしないさ。"アリス"が朝が苦手なことは理解しているつもりだ」


 侘びと共に恭しく頭を下げるナターシャに、加齢により灰色から白へと変容した髭を撫で付けてパトリックは言う。

 穏やかな笑みに包まれる家族に似た団欒。その中で居心地悪そうにしながらも懸命に作り出した笑みを浮かべる亜里沙を見やりながら、ナターシャは改めて礼をして退室した。

 その光景に思う事がない訳ではないが、ナターシャ・コチェトフはあくまで他人でしかない。そんなナターシャがしてやれる事といえば、亜里沙に全てを教えてやる事くらいしかないのだ。


 コロニーLibertaliaリベルタリアは生まれたばかりの新興コロニーだ。

 職に就いている全ての人間が慌しく過しているため、リベルタリア家の人間達は自らが出来ることを侍女達に任せることはせず、その結果円滑に物事を進められるようになっていた。


「サーシャさん、おはようございます」

「おはよう、レギナ」


 隣室に用意された屋敷で働く労働者用の食堂に入るナターシャを迎え入れたのは、ナターシャの主と同じく寝坊したらしくフワフワとした茶髪のセットが出来ていないレギナ・ハーパライネンだった。

 レギナは手早く料理を器へと移して、近くのテーブルへと配膳する。

 その手早い仕事振りを見ながらナターシャは、仕事は出来るのに少し抜けている年下の同僚に嘆息する。


「今日もスープとパンです、お水はテーブルの端にポットがあるのでそちらからお願いします」

「わかったわ。それよりも、ちょっとこっちに来なさい」


 仕事を済ませ洗い場の仕事へ赴こうとしていたレギナを、ナターシャは手首に結んでいた藍色の紐を解きながら呼び止める。

 首を傾げながら隣に座るレギナに背中を向けさせ、ナターシャは癖のある茶髪を手ぐしで梳き始める。


「そのままじゃ仕事できないでしょう。あなた、髪長いんだから」

「ご、ごめんなさい」


 硬質なナターシャの声に、レギナは怒られたと勘違いしビクリと肩を動かす。

 レギナは決して無能というわけではない。むしろろくな教育も受けていないというのに、侍女としての仕事を全うしているレギナは優秀といえた。

 しかし優秀だからこそ、レギナはナターシャによく注意を受けていた。

 幼少から移民として過ごしてきた為にはろくな教育を受けていない自覚のあるレギナ。

 いくらナターシャが人心掌握に長けているとはいえ、可愛くてしょうがない存在に愛の鞭を振るってしまう性質を思えば、レギナに誤解させてしまうのも無理はないだろう。 


 そんな自らを怖がる年下の同僚の髪を、ナターシャは自らと同じように1本で纏め藍色の紐で束ねた。


「はい、出来た。今日はそれで我慢なさい」

「え?」


 ナターシャに優しく背中を押されたレギナは、自らの頭に手を伸ばしその形状に気付き微笑を浮かべる。


「お揃いです!」

「そういうことになるのかしらね」

「ありがとうございます! サーシャさん!」


 満面の笑みでそう言ったレギナは同僚達にそれを見せびらかしながらキッチンへ飛び込んで行き、ナターシャはそんなレギナを苦笑を浮かべて見送る。

 まるでその後姿が、拠点に残してきた可愛い腹心のようだったのだ。

 どこか満足したように微笑んだナターシャはその後、拳を繰り出す事になるとも知れずにスープに口をつける。

 自室で2度寝に勤しんでいる、昨日の復讐をしているはずの主の頭上に。

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