Liberation Avenger/Gradation Surrender 3
「奥様! 大変です!」
「なんですの、騒々しい」
「メアリー様が! 野盗――」
「メアリー叔母様が!?」
交渉屋アロースミス設立に尽力した叔母の名前と、つい先日自らが身を置いていたソレにローラは思わず大声を上げてしまう。
野盗の中で最大勢力であった野盗утешениеはウィリアムとローラによって殲滅されたものの、野盗全てが消えた訳ではないのだ。
「落ち着きなさいローラ、それが淑女の態度ですの? ――タチアナ、続きを」
「は、はい。め、メアリー様が――」
未だイレギュラーに弱い娘を言葉で制し、ローズマリーはタチアナに続きを促す。
ウィリアムはそんな動揺すらしていないローズマリーに驚愕するも、戦闘用の意識に移行しつつある意識がそれを表には出させない。
アロースミスに手を出せばどうなるか。
それを盛大に提示することが、襲撃を何度も受けている交渉屋アロースミスを守ることに繋がるのだから。
「――野盗の組織を単独で壊滅させたそうです!」
「もうあの人がここの私兵になれよ!」
予想していた事態と180度違った事実に、ウィリアムは思わず顔を手で覆い声を荒げてしまう。
あらゆることにおいて自らが勝利できた記憶のない、アロースミスの女傑のあらゆる能力の高さにウィリアムの胃がキリキリと痛みを訴え始めた。
メアリーはアロースミス家の侍女であるタチアナを人買いから救い出した際、たった1発の弾丸だけで部隊を壊滅させているのだ。
「そんなことだろうと思いましたわ。それが移民の救出のための可能性がありますので、職探しの交渉の準備だけはおきなさい」
「了解しました」
義妹の所業に当然のようにそう指示を出すローズマリーと恭しく頭を垂れるタチアナをよそに、ウィリアムは胃の痛みから俯き、ローラはそんなウィリアムの背中を優しくさすり、亜里沙とレギナはアロースミスの女傑に驚愕を隠せていなかった。
つい数ヶ月前まで命を削りながら相対していた野盗を、たった1人の女が殲滅したというのだから無理はないだろう。
端末で各所に指示を出したタチアナは、別の侍女が用意した豪奢な装飾が施されながらも品性を感じさせるデザインのサービスワゴンから、カップ等をローズマリー達の前へ置いてお茶の準備を進める。
ハイ・ティーを摂るには都合の良い時間ではあり、上質なアッサムとダージリンの香りが鼻腔をくすぐるも、精神的なショックからウィリアムはカップに手を伸ばすことが出来ず、女性陣がお茶を楽しむ様を眺める。
廃業は正解だったのか。そんな考えがウィリアムの脳裏によぎる。
自らと妻を迎え入れてくれたローズマリー。
さりげなく亜里沙をどかして隣に腰を降ろすローレライ。
さりげなくどかされ、牙を剥く亜里沙。
その様子におろおろとしつつも、決してスコーンを手放さないレギナ。
幸せを絵に描いたような光景に、ウィリアムは自らを縛り付けていた鎖の1つが引き千切られ、解放へ1歩近づいたような、不思議な感覚に笑みを浮かべる。
おそらくそれは、アドルフがウィリアムに与えようとしていた幸福な日常。
ようやく誰かに与える事が出来た安寧を、ウィリアムはただ大事にしたいと思えていた。
「お、奥様!」
「今度は何ですの?」
端末を見詰めて声を張り上げるレギナにローズマリーはカップを置きそう尋ね、レギナは慌しい身振り手振りと共に応えた。
「コロニーOdeonの市街地で、ウィリアム・ロスチャイルドを名乗る男が大暴れしているそうです!」
瞬間、2対それぞれの青い双眸とダークブラウンの双眸がウィリアムを捉える。
またか、ウィリアムはそう胸中で1人ごちて嘆息する。
コロニーLibertalia奪還戦後、左目の酷使によってウィリアムの黒は白の侵食をさらに深めていた。
その事実を知った安っぽい眼帯で左目を隠してウィリアム・ロスチャイルドを騙り、思いのままに振舞うようになった。
なまじその暴力を知っている人々は真偽も定かではない"ウィリアム・ロスチャイルド"を恐れ、そしてその暴力によって被害を被っていた。
「許せませんわね、わたくしの義息の名を悪事に使うなんて」
「許す必要はありませんわ。ウィルの名前を騙るような愚か者は、駆逐するだけですわ」
「そうね、バカって痛い目見るまで分からないし」
「やっちゃいましょう、やっちゃうのです!」
そう言って室内から飛び出す女達の背を見送りながら、ウィリアムはゆっくりと立ち上がる。
戦闘のために移行する意識を宥めるように深呼吸し、自らの存在を訴える左目の疼きを無視する。
機動兵器は地上からその姿を消し、もうソレは必要のない物なのだから。
「死人や怪我人が居たり、出してしまう恐れがあります。手早く、そしてスマートに事を成しなさい」
「了解しました――すいませんね、こんな事を命令させてしまって」
「この程度躊躇っているようでしたら、あなたとあの子の母など務まりませんわ。さあ、お行きなさい」
かつて自衛のための争いですら嫌っていたアロースミスの女主人に一礼をし、偽者に憤慨しつつも心配そうな視線を送ってくるレギナの頭を一撫でして、ウィリアムは2人が待っているであろう玄関へと向かう。
心配してくれる人達が出来た。一緒に居てくれる人達が出来た。守るべき人達が出来た。
だからこそ、ウィリアムはアドルフが何故優秀だったのかが理解できるようになった。
アドルフは守りたかっただけなのだ。
愛する女が居て、大事な弟が居る日常を。
自分が誰かの代わりであったとしても、その中に在れた事がウィリアムにはなぜか誇らしく感じられた。
「ウィル、遅い!」
「ずいぶんごゆっくりされてましたのね。準備は万全ですわ」
「悪いね、我らが主人に成功条件をお伺いしてたのさ」
玄関の扉の左右に立ち口々に自らを迎える2人にウィリアムはそう嘯き、2人が手渡してくる装備を次々と付けていく。
タクティカルグローブを付けた右手には新調したハンドガン、そして左手にはかつて命を何度も救われた銀色のハンドキャノンが手渡された。
「ウィリアム・ロスチャイルドを騙る男――エネミーネーム、クソッタレはオルタナティヴによる盾を左手に装備していますわ。一応ハンドキャノンを渡して起きますが、最後の手段としてお使いくださいまし」
「了解、すぐに戻るよ」
そして扉が開けれくすんだ銀色のバイクが姿をあらわす。
飛散した鉄や岩などにへこまされたカウルは元通りの姿を取り戻しており、ウィリアムはエンジンを胎動するように振るわせるバイクに跨り走り出した。
景色を置いていくような速度で失踪するバイク。それに跨る黒いスーツの男を見るなり道行く人々は道を開け、ウィリアムの目にはライダースジャケットを羽織る不恰好な左手を持つ人間を視認した。
「よう、ウィリアム・ロスチャイルド」
目の前に高速で現われた黒髪の男に驚愕する男は、ウィリアムのその呼び掛けに呆然とするばかりで何も反応することは出来ない。
前輪を軸に地面を削りながら滑らせた後輪は男の生身の部分を捉え、男は無様に吹き飛ばされる。
「女達を待たせてるんだ、さっさと終わらせてもらうぜ」
そう言ってかつて復讐者と呼ばれた傭兵は、今までの自らと決別を付けるように冗談のような見た目の銃を男に向け、そして同じく冗談のような銃声と共に弾丸を解き放った。
「いくぞ、クソッタレ」




