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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
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Save Your Soul/Crave Your Whole 8

 アドルフとの約束から請けた茶髪の幼子からの依頼を遂行しようとしたウィリアムが見たのは壮絶な現実だった。


 黒髪の息子は解剖体として売却され生存は絶望的、黒髪の父に至っては息子の売却が決まった際に暴れ、人買いの私兵により誤って射殺された。

 そしてウィリアムはそのことを茶髪の少女が知ることがないように、その人買いの組織を壊滅させた。


 なんて、中身のない言葉だったのだろうか、とウィリアムは自嘲するような笑みを浮かべる。

 調査内容を告げずに調査には失敗したとだけ少女に告げた自らがあの夜、喪った家族の為に涙を流していた少女に告げた言葉の都合の良さが滑稽でしょうがなかった。


「あたし、ウィルのことが知りたい。それがどんな過去でも」


 強制力を持った懇願、かつて自らの妻に向けられたものと同一のソレにウィリアムは溜め息をつく。やはり子供には甘いままだ、そう胸中で呟きながら。


「……どこまで話したっけかな」


 そしてウィリアムは口を開き、亜里沙は黒いインナーの向こうから聞こえる鼓動と共にそれを聞いた。


 義兄の死、赤い蜘蛛との死闘、裏切りによる敗北、与えられた記憶と力、奪われた自らと味覚そして2度と訪れない平穏、立ちはだかる純白の原罪(オリジナル・ホワイト)、対峙する自らの存在する理由、自らと関わったために死んでいった人々の死、企業の壊滅、そして裏切り。

 それでも復讐劇の幕が降りることはなく、復讐者(アヴェンジャー)は圧倒的な暴力により争いの火種を戦火で焼き尽くし、広がる戦火はウィリアムを新しい戦いへと引きずり込んでいく。


 緑色の瞳と傷跡だけを残して。


「俺は自分の復讐のために、企業を壊滅させて世界を混乱の中に叩き込んだ大罪人ってことさ」


 自嘲するようにそう言うウィリアムを見上げながら、亜里沙は今しがた聞かされた話に戸惑いを隠せない。

 慣れ親しんだ諦観の感情と共に語られた1人の人間が背負うには重すぎる運命、しかし争乱はウィリアムという復讐者(アヴェンジャー)を手放そうとはせず、ウィリアムは戦いに順ずる他なくなる。


 導かれるように亜里沙は右手をウィリアムの左目へと伸ばし、想像を絶するであろう苦痛の痕跡である傷跡を撫でる。

 メモリーサッカーを確実に差し込むために固定に使われた鍵爪のようなアンカーの痕を、つい先ほど粒子で焼かれた皮膚の表面を、何もかもを拒絶するように閉ざされた目蓋を。


「目、見せて」

「さっき見ただろう?」

「もう1度見たい。だって、それもウィルの過去じゃない」


 しょうがない、とばかりに嘆息したウィリアムは観念したように左目を開く。

 これまでの人生で、そしてこれからも亜里沙が見る事はなかったであろう、黒い幾何学模様が走る緑色の瞳。

 全て虚構だと、夢物語だと、捨て置くことを傷跡に囲まれた左目が許さない。


 この世界は不公平だ。生まれた瞬間に死に方が決まり、強者は他者を殺すことで生き永らえる。

 他者に裏切られながらも、金にもならない自分の依頼を受けたウィリアムが。あの時から兄の面影を求め話をしたくてたまらなかった黒髪の男が、背負わされてきた運命に亜里沙の目頭が再度熱くなる。


 家族を喪った辛さから亜里沙はウィリアムに兄の面影を求めたが、そのウィリアムはこの世の全ての復讐を背負っていた。

 皮肉にもその寂寥感が亜里沙にウィリアムが兄でないことを教え、自らの勝手さを痛感させる。


 あの方の傍らに居るに値しない存在。ウィリアムの妻であるローラ、緑色の瞳と戦いの運命を背負った男と共に歩むことを決めた女が自らを評した、その言葉がアリサの脳裏をよぎる。


 なぜウィリアムの傍らに在りたいと思っていたのだろうか。


 得体の知れない感情に答えを求めるように、亜里沙は緑色の瞳を覗き込む。

 場所こそ違うがウィリアムの懐で涙を流し、おぼろげな月の下で誓ったこと。


 ウィリアムが傷つくことを悲しむ人間が誰も居ないのならば、自分がウィリアムの唯一の1人になればいい。

 ウィリアムのことを誰もが忘れたとしても、自分だけは絶対に忘れはしない。

 おぼろげな月の下で誓ったソレは、変えることも違えることも出来ない誓いだったはずだ。


 答えは得た、誓いは既に得ていた。だからあとは実行するだけ。


「ウィル」

「どうしたんだい、アリサ」


 何かの覚悟を決めたであろう亜里沙の言葉に、ウィリアムは異色の双眸を戦火に照らされたダークブラウンの双眸へと向ける。

 ローレライ・アロースミスはウィリアムの傍らに在り、ただ強く平穏を願った。

 そしてアリサ・リベルタリアはウィリアムの傍らに在り、ただ強く願いそれを叶えることを誓う。


「ウィル、あたしがあなたを解放してみせる」


 遠くで鳴る銃声を遠ざけるような強い意思を持った言葉が、ただ強い願いが運命を変えようと胎動し始めた。


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