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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
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Save Your Soul/Crave Your Whole 6

 銃声と悲鳴が木霊する戦場。絵に書いたような地獄にも似た光景に相応しくない少女が、亜里沙・リベルタリアが辺りを見渡しながらその戦場を駆けていた。


 最初は未練からだった。


 ウィリアムの妻であるローレライと義理の兄であるフェルナンドが、再度始まった戦闘でウィリアムをどう扱うのか気になった。それだけだったはずなのだ。

 状況はローレライが言うようなものとは違い、緊迫したもの。事実、ウィリアムは再度1人で機動兵器と戦うこととなってしまっていた。

 ウィリアムが誰よりも強いことも、勝てない戦いにわざわざ挑むような人間でないことも理解はしている。それでも焦燥は胸中で暴れ狂い、亜里沙をグルカナイフも持たぬまま戦場へと飛び出してしまった。


 もしかしたら既に帰ってきているかもしれない。そんな希望に縋りながらコロニー内を見渡すも黒髪の傭兵の姿はない。

 見覚えのある男の死体も、顔が吹き飛ばされもはや人物の特定も出来ないであろう死体も、争いがあったという証拠であるそれらを飛び越えて亜里沙はただ走り続ける。


 目はただ峡谷を捉え、口は酸素を求めるように荒い呼吸を繰り返し、耳は自らの鼓動しか聞こえない。

 とてもじゃないがまともな状態とはいえない、そう理解しながらも亜里沙の足は止まる様子を見せない。


 人が死ぬところはたくさん見てきた。

 弱者が虐げられ殺されるより酷い目に合わされるのをたくさん見てきた。

 そして自らが生き残るために、人を殺めた。

 そんな自らが他人を心配していることをおかしく思うも、亜里沙の心はただウィリアムの死を拒否し続けた。


 生きてて欲しい、死なないで欲しい。

 半狂乱になりながら自分勝手な願望を胸中で繰り返す亜里沙の肩を何かが掠め、熱を持った痛みに気付いた瞬間、堆積していた疲労が亜里沙の足をもつれさせ転倒させる。


「運が悪かったな、嬢ちゃん」


 硝煙に焼かれた声と共に現れた薄汚れたパワードスーツを纏った男は、ライフルを亜里沙に向けながら何でもないようにそう言ってみせた。

 カーキのミリタリージャケットを傷口が赤く染めていき、かつて拒否した呼ばれ方と肩の痛みがそれに比例するように亜里沙の焦燥を深めていく。


 父と兄を喪った悲しみ、新しい義父と義兄への困惑、名前を変えられてしまったことによる途方もない喪失感、必要があったとはいえウィリアムに騙されていたと知った時の絶望感。

 フラッシュバックする過去の苦痛達が体を震えださせ、絶望感が心と体から熱を奪っていく。


「アリス・リベルタリア。俺達の敵、だな」


 掛けられた言葉に咄嗟に亜里沙が振り向くと、そこ居たのはヘルメットの欠けたシールドから灰色の瞳を覗かせる野盗だった。

 ゆっくりと近付いてくる死の恐怖に亜里沙は腰元へと手を伸ばすが、グルカナイフはベッドに投げ捨てたままだ。


「どうせ、俺達は死ぬんだ。ならせめて俺達から謀略者(フィクサー)を奪ってのうのうとしていた代償、ここで払ってもらうぜ!」


 言葉と共に繰り出された男の足が柔らかな鳩尾を捉え、久しく感じた事のない激痛にに亜里沙は咳き込む。

 痛い、痛くてたまらないのだ。

 蹴られた鳩尾と銃弾が掠めた肩が、ドクドクと慌しく脈を打つ心臓が、喪失感と絶望感に囚われた心が。

 その痛みが、まるで母にさえ必要とされていなかった自分を責めているようで。


「あんないい女と生活してたんだろ、羨ましいかぎりだよ。クソが!」


 分厚いコンバットブーツのソールが華奢な肩を踏みにじり、亜里沙の歯が意思とは裏腹にガチガチと音を立てる。

 要領を得ない言葉が怖い。繰り返される暴力も怖い。

 何より、恐怖から守ってくれた唯一の男が居ない事が亜里沙には怖くてたまらなかった。


 犠牲となって逃がすでもなく、より強い切り札を得るためと駒とされるでもなく、その傍らで守り続けてくれたたった1人の男が。


「いい気なもんだよな。人を従えて、豊かな暮らしをして、その上そんな色してやがる。ああ、気に入らねえ!」


 ライフルの銃身が未発達な体を打ちつけられ、恐怖から目を逸らすように亜里沙は茶髪の頭を手で隠して蹲る。

 これまでも密接してきた死の恐怖が、今まで何とも思っていなかったその恐怖が、亜里沙の胸中に染み渡っていく。

 何か大事なものを失わされてしまうような、寂寥感を伴うそれが。


謀略者(フィクサー)はお前を殺すなって言ってたけど関係ねえ。お前らが俺達から謀略者(フィクサー)を奪ったんだ」


 (あざわら)うような言葉と共に、後頭部に突きつけられるライフルの銃口。

 合金製の殺意の冷たい感触を感じながら、アリサは大事な名前を、喪いたくないと心から願った名前を(かす)れた声で紡ぎだす。


「……ウィル――」


 ――あなたに、生きていて欲しい


 紡ごうとしたその言葉は、無慈悲な銃声によって遮られてしまう。

 1つの命をいとも簡単に奪い、重厚な質量を地面に叩きつけた暴力。

 諦観に沈みつつあった亜里沙を引きずり上げる、冗談のような銃声によって。

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