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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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In To The Deep Unknown/Brew The Cheep A Known 5

 確信めいたその考えを飲み下すように、ローレライは紅茶に口をつける。

 口に広がるダージリンのさわやかな香りを堪能するローレライの向かいに、ローズマリーは自身に用意したカップを手に持ってテーブルを挟んでローレライの向かい側に腰を掛ける。

 その所作は疲労を感じさせない優雅な物で、ローレライは母の手伝いもせずに座ってしまった事を胸中で恥じる。


 その様子から窺えないだけで、本質では争いを好まない母がこの状況に疲弊していないはずがないのだから。


「ローラ、外の世界はいかがでした?」

「……とても冷たく、とても厳しい物に感じましたわ」


 ここまでの道のりに思いを馳せながら、ローレライはローズマリーの問い掛けに答える。

 旧リヴァプールのスラムで、BIG-Cで、そしてCeasterまでの道のり。

 アドルフが居なければ、ローレライはどのタイミングで死んでいてもおかしくはなかった。


「その世界に改めて踏み出す覚悟はありますの?」

「正直、恐くないなんて言えませんわ。ですがお兄さんを1人にしておくのが、なぜだかとても不安なんですの」


 その恐怖を読み取ったようなローズマリーの言葉に、ローレライは両手に握ったカップを覗き込むように俯く。


 変わり果てた"お兄さん"。

 切り離されてしまったような過去と現在。

 そしてただ1人に任されてしまった戦況。


 ストレートティーの赤い水面に写るその表情は、言いようのない不安を湛えていた。


「それに関しては同感ですわ。どうにも先ほど話していた彼と、私たちが知っている彼に差異があるように感じていましたの」

「お兄さんは別人だということですの?」

「それは分かりませんわ。ですがあの左目とあの眼帯、そしてあの頃頑なに教えなかった故郷。どうにも引っ掛かりますの」


 かつて教育を施した傭兵と対面してからというもの、ローズマリーのその脳裏には解決していない疑問が居座り続けていた。

 詳細の1つも分からない企業の精鋭。

 傭兵らしい身なりには合わない上等な素材の傭兵の眼帯。

 かつて頑なに話そうとしなかった傭兵の故郷。

 それらに答えを求めるように、ローズマリーは同色の瞳を持つ娘へと視線をやる。


「彼は左目に関しては何と仰ってまして?」

「"昔からこうだった"と仰ってましたわ」


 ありえない、その言葉を飲み込んでローズマリーは色素の薄い唇に指を当てる。

 ローレライとローズマリーは灰色がかった傭兵の双眸を知っているのだから。


「……やはり妙ですわね。ローラ、あなたはどうお考えで?」

「荒唐無稽なものでよろしければ仮説が1つだけ――MEMORY SUCKERや弾丸によって眼球を損傷。その痛みと恐怖から逃れるために記憶が偽造された、というのはいかがでしょう?」

「ないとは言い切れませんが、もしそうだとして企業が彼を放っておく理由が分かりませんわ。彼は私達と同じ"有色"の人間、その上でほぼ100%の致死率を跳ね除けるような存在。企業にとってはこれ以上なく魅力的な存在で、それ以外の人々にとってはお金を掛けて救うには値しない存在。酷な事を言いますが、生きている理由がないはずですわ」


 その答えを予見していたローレライは返された答えに頷くも、解決の糸口も見えない不安に深いため息をついてしまう。

 眼球を失うということは紛れもない重傷であり、その重傷の治療にはとてつもない金額が掛かるはずなのだ。

 しかしアドルフには家族は居らず、その治療費を負担する人間は居ない。


 その状況であっても生き残っているアドルフが、ローレライ達には歪な存在に思えてしょうがないのだ。


「ローラ、母として言わせていただきますわ――彼について行く事に今更文句をつけたりはしません。ですが、いざとなれば1人でも逃げ出しなさい」


 突然告げられたローズマリーの言葉に、ローレライは驚愕から目を見開いてしまう。

 人々の模範たれ、そう在り続けたアロースミスが言ってはいけない言葉。

 それは間違いなくそういうものだったのだ。


「お兄さんを見捨てろと、そう仰いますの?」

「ローラ、あなたは自分を過大評価していますわ。確かにあなたには参謀としての教育を受けさせました、確かにあなたは戦場で人々を導く為の力を付けさせました。ですが"それだけ"ですわ。あなたも私も彼が生きてきた世界に蔓延する暴力を知らないではありませんの」


 何かを確かめるように問い掛けるローレライの言葉に、ローズマリーは視線をアンチマテリアルライフルへと移しながら答える。

 チャールズはこのライフルで人を殺した事はないが、アドルフはローレライのために躊躇いもせずに引き金を引いた。

 その2人の間にある差は"暴力を正しく認識しているか否か"だとローズマリーは結論付ける。

 そしてそれを自身らが一欠けらも理解できていない事を、ローズマリーは理解させるようにローレライを諭していく。


「それに本当は分かっているはずですわよローラ。無力なあなたが彼の周りに居れば、彼はあなたを守るためにどうするか」


 紡がれた反論の余地もない正論にローレライは黙り込んでしまう。


 ローレライは銃の安全装置の外し方を知らない。

 ローレライは反動をその手で感じた事もない。

 ローレライはろくに銃に触れた事すらない。


 そんな傭兵の男が行使する暴力を知らないローレライに何が出来るというのだろうか。

 何より"お兄さん"がかつて見せた子供達への温情が、彼を殺してしまうのではないか。


 ローズマリーにはそう思えてしょうがないのだ。


「だからあなたは自分と彼を守るためにお逃げなさい、そして彼からなるべく目を離さないようになさい。おそらく事態はとても複雑なもの、1つ選択を誤れば取り返しのつかない事になる。そんな気がしますの」


 確信めいた何かを確かめるように言葉を紡いだローズマリーは、起こりうるであろう新たな波乱に嘆息した。

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