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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
154/190

Lostchild/Wrathchild 5

「君は戦いの近くに、いや俺の近くに居すぎたんだ。ゴメンね、全て俺の責任だ」


 すっかり俯いてしまったローレライの頭に自然に伸びた手を、ウィリアムは自嘲するような笑みを浮かべて止める。


 白から黒へと変わってしまった戦闘服、真っ白なハンカチを赤く染めた返り血。

 胸元に飾られる事がなくなったアロースミスのエンブレム。

 口に出される事が少なくなった高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ


 人々のために賢くあろうとした少女を束縛する事など、もう許されるはずがない。


「だからもう終わりにしよう。君は"アロースミス"でなければな――」


 最後を告げようとしたウィリアムの言葉を、皮膚を打つ渇いた音が遮る。正確にはウィリアムの頬を叩いたローレライの手が。


「あなたはいつもそうですわ。わたくしを守ってくださいますが、わたくしを信じてはくださらない。今回の作戦でさえ、あなたはわたくしが裏切る事も想定していたのではなくて?」


 返す言葉もないウィリアムは、睨みつけるように見上げてくる碧眼から目を逸らす。


 アドルフがどれだけトレーシーを愛していたかは知っている。

 知っていればこそ、トレーシーが別の男と結婚した事実がウィリアムを戒めるように深く縛り付けるのだ。

 自分が最強という価値を失ってしまえば、ローレライであれど同じなのだと。


 だからウィリアムはローレライにとっても危険である単独先行を含んだ今回の作戦を了承したのだ。

 ローレライが自分を殺した上でリベルタリアを手に入れたのなら、アロースミスは至上の戦力と財力を手にするだろう。

 もし万が一、あってはならないが、ローレライが自分を選んでくれたのなら、リベルタリアの信頼を得た上でアロースミスの任務を果たす事は出来る。


 どう転んだとしてもローレライに被害は出ないように、ウィリアムは意図的に作戦を湾曲して遂行していたのだ。


「……当然だ。俺は君から大切なものを奪い過ぎた」

「ポズウェル卿も、その内の1人だと?」


 黙りこむウィリアムにローレライはあきれ果てたとばかりに肩を竦める。


 ずっとおかしいと思っていた。

 隣立つ存在でありながらも、アロースミスらしく在り続ける事を求められているような違和感が。


 だからこそ、ローレライは今度こそ、守られるだけの少女ローレライ・アロースミスを"殺す"。


「アレとわたくしの間には何もなくてよ。むしろ過去を持ち出してばかりで鬱陶しかったんですの。それに――」


 罪悪感によってウィリアムが自身を支えていたのであれば、自分がその代わりとなればいい。

 罪悪感につけ込んでその傍らに居座る売女、ローレライ・ロスチャイルドがそこに在ればいいのだ。


 その為に、ローレライはその身を血と硝煙で汚したのだから。


「――彼を殺したのは、わたくしですわ」


 瞬間、黙り込んでいたウィリアムが息を呑み、ローレライはそれがおかしくてついくすくすと笑ってしまう。

 企業壊滅戦の際に裏切った兵達は、裏切りに怒ったウィリアムによって皆殺しにされた。それが世間の認識であり、ウィリアムとローレライが知っている真実のような嘘。

 そして露わとなった真実はローレライの歪みを照らし出し、ウィリアムを強く縛り付けるだろう。


 どれだけ歪んだ関係なのだとしても、ローレライの幸せはそこにしかないのだ。


「自分のために生きられないのであればわたくしのために生きなさい。戦う事をを辞められないのであればわたくしのために戦いなさい。わたくしが、あなたの全ての理由となりますわ」


 ローレライはウィリアムの頬を両手で包み込んで、逸らされた目を再度自分に向けさせる。

 誰よりも強くあり続け、強かったからこそ傷つく事を選んでしまった傭兵。

 その灰色がかった黒い瞳は、ようやくローレライと向き合わされた。


「聞かせてくれ、俺は誰だ?」

「あなたはウィリアム・ロスチャイルド、わたくしの傍らに骨をうずめるウィルですわ」


 確かめるように投げ掛けられた問い掛けにローレライは躊躇いなく答える。

 何にも代えがたく、汚名を負ってでも手に入れたいと望んでしまった唯一の存在。

 優しいウィリアムならその手を血で汚させてしまったローレライを突き放す事は出来ない。


 何もかもが、たまらないほどに、自分の思い通りだった。


「ウィル。あなたがもし殺されたりすれば、わたくしはあなたを殺した相手を殺しますわ。それがあなたに大事な人を奪われた人間であれ、組織であれ、誰であれ何であっても」

「……必ず、必ず戻るよ、ローラ」

「はい、お待ちしておりますわ」


 頬に両手を添えていたローレライはそのままウィリアムの血染めの唇に口付けをし、そのままその温もりを逃さないように両腕をウィリアムの背中に回す。

 歪みの中に捕えたまま、誰の手も届かないように深みへと引きずり込んでいく。

 これまで通り、これからもローレライはその傍らに在り続ける。

 なぜならローレライは辿り着いたのだから。


 1つの狂いも許されない数式のように、それでいて答えに辿り着くのが必然であるように。


 自らが望み続けた結末に。


「御覚悟を。もう、2度と離したりなんてしてあげませんわ」


 背に回された華奢な指が、ライダースジャケットの背に深く爪を立てていた。

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