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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
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Lostchild/Wrathchild 3

「愚かな俺に殺されるようなお前の恋人も、どうせ死ぬべきだったクソッタレでしかないんだよ」

「黙れと言っただろうが! なんで彼が死んで貴様のような薄汚い傭兵が生きてるのよ! 死ねよ、死んでよ!」


 錯乱し始めたナターシャが引き金を引くよりも早く、ウィリアムは座っていたソファに倒れこむようにしながら、後ろに居る女の腹部に肘を叩き込む。

 ナターシャは突然の激痛に腹部を押さえて後退るが、逃げる事が許さないとばかりにウィリアムはパワーアシストを利かせた両手でソファを滑らせるように押し出す。

 押し出されたソファーは床をすべり、ナターシャの足を払ってその身をクッションで受け止めた。


「ご大層な名前の割りには、ずいぶんと物分りが悪いんだな?」


 掛けられた嘲笑うような言葉にナターシャは跳ね起きようとするが、ウィリアムは覆いかぶさるようにして華奢な両手首と腰を拘束する。

 いくらウィリアムの体が上等なものでないといっても、パワーアシストが効いた体躯を押しやる事をナターシャは出来ない。


「1つだけ教えてやるよ、謀略者様。俺と無様にくたばったそいつは同じステージに居た。互いが互いを殺すために銃を持って同じステージに立っていた。でもお前は違う、あの子達を利用する事しか出来なかったクソッタレだ」


 無駄な努力だったな、ウィリアムが言外にそう付け足す。

 強くなければ奪われ、強くなければ結果として弱者から望まずとも全てを奪ってしまう。

 そして復讐は強者にのみ許された権利であり、弱者はそれを望む事も許されはしない。

 その流れを生み出したのは間違いなく企業であり、元企業の精鋭達であるナターシャ達なのだ。


 しかしナターシャは狂ったようなヒステリックに喚きたてるだけだった。


「ふざけるな! 貴様が、貴様が彼を殺したんだ!」

「被害者面してんじゃねえぞクソッタレ! そもそもお前達が俺から何もかも奪ったんだろうがよ!」


 堪忍袋の緒が切れたとばかりに、ウィリアムはナターシャの顔面に額を叩きつける。

 筋の通った鼻は無様に潰れて血を溢れ出させ、慣れない苦痛に揺らされた意識は朦朧としたとようにナターシャの灰色の瞳を揺らす。


 ただ誰かの慰み者になるだけだった自分を拾ってくれたアドルフ・レッドフィールド。

 嫌な顔せずに迎え入れてくれたトレーシー・クレネルやチャールズ・アロースミス。

 異色のものと変えられてしまった左目と失いたくなかった過去。


 別にウィリアムは最強の傭兵になりたかった訳じゃない。回答者(アンサラー)なんて名前も、異色の左目もいらなかった。


 ただ死ぬなと言ってくれたアドルフの言葉に、応えたかっただけなのだ。


「あの人達を返せなんて言わない。あの場所を返せなんて言えない――ただ、俺を返せよ」


 のしかかり続ける戦火の灰燼を掻き分け、血が混じる汚泥を啜るような、渇望と諦観から湧き出した醜くもピュアな言葉。

 誰もが被害者であり、誰もが加害者でもある。

 だからこそ、両者の言葉はただ無意味に宙空へと霧散していった。


「傭兵! サーシャに何をしている!?」

「正当防衛だよ、見た目はちょっと過激かもしれないけどね」


 申し訳程度に装飾が施された扉が弾かれるように開かれ、続けざまに投げ掛けられた侍女達の言葉にウィリアムは肩を竦めて答える。

 銃を持った同僚がソファに押し倒され、2人とも顔が血まみれとなればいらぬ誤解を招いてしまうのも無理はない。

 しかし状況は斜め上にウィリアムの考えとは違う方へと進んでしまう。


「それについては後ほどゆっくりとお話をいたしましょう、ウィル?」


 聞き慣れた可憐な声色に、ウィリアムはゆっくりと開かれた扉の方へと振り向く。

 そこに居たのは簡単な武装を手にした侍女達と、惚れ惚れするほどに美しい笑みを浮かべたローレライだった。


「……愛しているよ、ローラ」

「わたくしもですわ、ウィル。2人きりでお話しするのを楽しみにしていますわ」

「……そうだね」


 他の女に跨る自分にあくまでも微笑みかける書類上の妻にウィリアムは肩を落とす。

 必要な事だという事は理解してくれているはずだが、アロースミスの女傑の血がそれを許すかは話が別なのだから。

 そしてローレライと同様に、リベルタリア家の侍女達もそれを許してはくれなかった。


「傭兵、今すぐサーシャから離れろ!」

「断る。状況も分かってないくせに余計な口出しをしないでくれ」


 銃口を向けられながらも、ウィリアムはあくまで冷静に言葉を返す。

 頭突きという決してスマートとは言えない手段で静かになったもののの、ナターシャを解放してしまえばどうなるか分かったものではない。


 とはいえ真実を知らない侍女達にとってナターシャは同僚。この状況もウィリアムがナターシャを襲ったようにしか見えていないはずなのだ。


「ふざけるな! 今すぐフェルナンド様にこの事を報告――」

「もう手遅れ。(みんな)おしまいよ、貴様もこのコロニーも」


 侍女の怒声に割り込んだナターシャの囁きに、ウィリアムは訝しげに眉を顰める。

 決して力強くはない声には愉悦と嘲りの感情が交じり合い、その言葉はナターシャ・コチェトフという女が謀略者(フィクサー)たる証のように、いとも簡単に場を支配してしまう。

 そしてその刹那、轟音がリベルタリア邸を揺らし、青白い粒子の光が砂埃で汚れた窓ガラスを貫く。

 突然の出来事にそこに居る全員の目が眩光に焼かれ、視界を奪われたウィリアムはナターシャの肘を鳩尾に打ち込まれて拘束を解いてしまった。


「私達にはまだ切り札が、ヨルダノヴァが、アズライト・キャヴァリアが残ってる。あの子なら私に代わって復讐を成就出来る――これでおしまいだ! 貴様もあの子の足を引っ張る無能共も、(みんな)死ねばいい!」

「止めろ! 死なせるな!」


 普段とは様子が全く違う世話役の女の様子に戸惑う侍女達にウィリアムは叫ぶも、拘束から逃れたナターシャは先ほどまでウィリアムに向けていた銃口をこめかみに押し付ける。

 不明瞭な視界で手を伸ばすウィリアム、ハンドガンを取り上げようと走り出すローレライ、未だ動くことが出来ない侍女達。

 それらを嘲笑うように、謀略者(フィクサー)は告げた。


謀略者(フィクサー)、ここに謀略を完成させる」


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