Lostchild/Wrathchild 2
「復讐者。貴様が殺した、私の婚約者だ」
「そうかい、それは不幸だ。とても悲しいね」
答えのように撃ち放たれた弾丸は安っぽい壁を穿ち、サプレッサー越しでもやかましい銃声にウィリアムは舌打ちをする。
ハンドキャノンの冗談のような銃声に慣れたといっても、不愉快なものは不愉快なのだから。
しかしナターシャはそれ以上に不愉快な声色でヒステリックに喚きたて始めた。
「彼は傭兵として一旗上げて、私との家の差を埋めてくれようとしていた! 私と生きていく為に傭兵になった! その将来を貴様が奪ったんだ!」
「俺もそうだったよ。結果的に違う女と一緒になったけど、それはそれで幸せだ」
予想通りの身の上話に、ウィリアムは思わず苦笑を浮かべてしまう。
まるで杯を満たす復讐の甘露に酔いしれているようなナターシャの言葉。
別の形で哀れんでしまいそうなくらいの惨めな女、そこに企業の精鋭たる謀略者の面影はなかった。
「黙れ! 貴様を殺す為に私は生きてきたんだ!」
「復讐か。それはあの子を、アリサを裏切ってもするべき事なのか?」
呆れるべきか怒れるべきか、分かりかねる複雑な感情を胸中で玩びながらウィリアムは問い掛ける。
復讐に駆られる気持ちは誰よりも理解出来る。関係のない少女を巻き込んでしまった悲しみも理解出来る。
だからこそ、亜里沙とレギナが心を開いていたサーシャという女が、ナターシャ・コチェトフという謀略者がウィリアムには理解できなかった。
しかしナターシャは当然のように答えた。
「あの子の為を思えばこそよ。世界から隔離されたこの環境はあの子の才能を潰すだけで、あの子を解き放ちはしない」
「アリサを、解き放つだと?」
「そう。あの子は豊かな箱庭で育ったあの売女とは違い、強きも弱きも統べるだけの才能を持っているわ」
ナターシャはまだ見ぬ才能の萌芽を待ち遠しそうに口角を歪める。
有色の親子の発見情報さえあれば、人買い達の私兵部隊が差し向けられるこの時代。あまりにも生き難いこの時代を亜里沙はたった1人で母を守りながら生きていたのだ。
ウィリアムのように体を売るでもなく、ローレライのように生まれに恵まれた訳でもない。ただ有色という資産価値を持ってしまっただけの少女がだ。
天性のものではない才能を磨き上げ、ナイフ1本でLibertaliaからOdeonまで無傷で辿り着いた亜里沙。彼女をただの子供というにはあまりにも才能に溢れすぎていた。
それはまるで、在るべき可能性のように。
何もかもを燃やし尽くす復讐者。
踏み台になる事でしか存在価値を得られなかったの終焉者。
怠惰に甘んじた全てを裁くの断罪者。
その誰とも違う、新たな答えに世界を導く解放者のように。
ナターシャはそんな亜里沙を成長させて、世界を開放しようとしたのだ。
世界の中心に居るウィリアムを殺して世界のシステムを一新し、愚か者達を操る事でLibertaliaを有色人種のファームとし、得た資金で亜里沙を"新たな答え"へと完成させようとしていたのだ。
戦う以外の手段を行使できる回答者、戦うまでもなく世界を答えに導く解放者。
それは革命という謀略劇の、復讐の終末劇だった。
「勝手なこと言ってんじゃねえよ。ここにはあの子の家族が居る、それを奪う権利はお前にはねえだろうが」
「家族、か。まあそれもいいがな、私は彼女に謀略者としての全てを教えた。経験を重ねる事であの子は全てを理解し、やがてお前達の愚かさにも気付くだろう」
お前ごときには理解出来ないだろうが、と言外に付け足してナターシャは銃を握りなおす。
先ほどから手が震えてしょうがないのだ。
早く殺したくてたまらない。復讐を終える事で謀略を完成させたい。大事な彼の無念を晴らしてやりたい。
しかしその生殺与奪を握られたその状況にあるウィリアムは、苦笑を消してあきれ果てたように深いため息をついた。
「もういい、お前は不適格だ」
「……何を言っているのかしら」
「お前じゃ役者不足だって言ってんだよクソッタレ。俺を殺すにも、あの子達を守るにもお前なんかじゃ役に立ちそうもない」
「……うるさい」
突然悪態をつき出したウィリアムに、自分が置かれた状況を理解させるようにナターシャはサプレッサーを黒髪の後頭部に突き立てる。
ウィリアムをLibertaliaまで呼び寄せたのも、亜里沙とレギナを守ってきたのも紛れもなく自分だ。
だというのに、踊らされていただけの復讐者の言葉が、戦う事でしか少女達を守れなかった薄汚い傭兵の言葉がナターシャの胸中を掻き乱していくのだ。




