Through The Fire/Draw The Liar 5
「あの方の寵愛を受けるのはわたくしだけで十分でしてよ。あなたでもお義兄様でもない、わたくしだけですわ」
自らが居るべき場所に平然と居た存在への嫉妬、愛しい伴侶を害するであろう相手への敵意、その暖かくも愛しい彼を蝕んでいく怨敵への怨嗟。
壊れかけたウィリアムの端末に残されていた、ウィリアムが始めて自らを求めてくれたその言葉をローレライは覚えている。
話は終わりだ、とローレライはプラチナブロンドの長髪を手で払い、亜里沙は掴み損なった大きな存在に縋るように自らの体を強く抱きしめる。
レギナに取られる分には良いと思っていた。
自分と違って優しく可憐な彼女なら仕方ないと思っていた。
だが裏切り者のように振舞っていたこの女に取られる事だけは、気に入らない。
認めてやる訳にはいかない、と亜里沙が歯を食い縛っていると、状況は思いもよらない方向への転換を向かえる。
「あの、ロスチャイルド婦人」
おずおずと問い掛けるレギナに、サーシャは咎めるような視線を送る。
相手は口先と頭脳、そして黒髪の傭兵という切り札を擁した雌狐。
その抱え込んだ暴力をなまじ知っているからこそ、サーシャは2人とローレライが関わる事を避けたかったのだ。
しかし状況はサーシャの思惑とは裏腹に泥沼の様相を呈していく。
「どうかなさいまして?」
「あ、あの、ウィル兄さんと結婚したって本当なんですか?」
「本当でなかったとして、あなたに何の関係がありまして?」
意を決したようなレギナの問い掛けを、ローレライはくだらないとばかりに一笑に付す。
同じファミリーネームに、最強の傭兵の傍らという居場所。
それらがその事実の証明だとばかりに獰猛な視線を向けてくるローレライに、レギナは負けじと食い下がる。
「あの、私は、ずっとウィル兄さんの力になりた――」
「ああ、そう言ってあの方の傍に居る事が目的ですのね。可憐な見た目とは裏腹に賢くらっしゃるようで」
「違います! 私は――」
「あの方に守られているのは、さぞかし気分が良かったでしょう? 最強の傭兵が、自分を特別扱いしてくれる優しいあの方が近くに居るというのは」
必死に反論しようとするレギナの言葉をことごとく遮り、ローレライは呆れたように口角を歪める。
不幸な偶然というべきか、レギナの心からの言葉は、最強の切り札を手中に収めようとした言葉と全く同じだったのだ。
赤毛の少女が見た目通り純粋無垢であったとしても、その背後の人間まで同じとは限らない。
だからこそ、ローレライは誰も彼もをウィリアムから遠ざけなければならなかった。
縋りついてくる有象無象の手を払い、差し伸べようとするウィリアムの手を握り続けるしかなかった。
そうしなければ、ウィリアム・ロスチャイルドは復讐者という傭兵に殺されてしまうのだから。
「必要とあらば明言しておきましょう、あの方にはわたくし以外の全てが不要でしてよ」
「随分とおめでたい考えね、まるで自分ならそれだけの価値があるような言い方をして」
勝ち誇ったようなローレライの言葉に、サーシャはライフルをちらつかせながら吐き捨てる。
フェルナンドは亜里沙との会話を許可してはいたが、非戦闘員である2人を傷付けていいとは言っていない。
少女達の傷ついた様と挑発するかのような言葉を、サーシャが聞き流せるはずがなかった。
「最強の傭兵の傍らには最高の参謀を、当然の考えではなくて?」
「アレの力を利用したいだけなのでしょう? 言葉を飾ったところで、浅ましい心根は何も変わらないわよ」
そう言って鼻で笑うサーシャに、ローレライは心外だとばかりにわざとらしく俯いてみせる。
「あの方を利用するだなんて、それこそあなたの浅ましさの証明ではなくて?」
「よく言うわね、下賎で卑劣な売女が。あなたの作戦の要はあの傭兵だという事は周知の事実だけれど?」
「その通りですわ、世の中には無能が多すぎますの。わたくしやウィルの足を引っ張ろうとする、弱者のフリをした愚か者が」
だから、と言外に付け足してローレライは3人に背を向ける。
敵対する価値もないと、興味すら失せたと言わんばかりに。
「無知で、無能で、幼稚なあなた方が居座れる場所はあの方の傍らにはありませんの。ご理解くださいな――あの方は、ウィルはわたくしだけのものでしてよ」
まるで壊れかけていた端末に残されていた言葉。
自分すら含めた誰もを欺くような"かつての誰かの"言葉を、ローレライは挑むように紡いだ。




