Through The Fire/Draw The Liar 4
「あんたに何が分かるのよ!? あたしのこと何も知らないくせに!」
「ええ、存じ上げませんわ。興味ありませんもの。ですが、わたくしはあなた以上にあの方を存じ上げていましてよ――あの方はお義兄様とのお約束で自らと接点を持ってしまった子供を庇護対象としていらっしゃいますの。お分かりでして、あなたは子供というだけであの方の傍らに立たれて居ますのよ?」
あくまで冷静さを保ったままのローレライの言葉に、亜里沙は思わず黙り込んでしまう。
旅の間、守られる以外の事を亜里沙にさせなかったという事実。
亜里沙の勝手な行動を責める様子すら見せず救い出して見せた事実。
かつて命を救われたというレギナがウィル兄さんと呼び慕っているという事実。
それらの事実がローレライの言葉を裏づけ、亜里沙が守られていただけの存在なのだと理解させると同時に、自らの知らないウィリアム・ロスチャイルドという存在を亜里沙に突きつけてくるのだ。
「……ならあんたは、自分の言う"子供"に対して嫉妬してるわけ?」
「ええ、この感情はまさしく嫉妬ですわ」
亜里沙の負け惜しみのような言葉に、ローレライは僅かに眉を顰めて応える。
青い双眸には嫉妬と怒りが滲み出し、亜里沙のブラウンの瞳を射抜くように見据えていた。
「あなたとは面識の無いお義兄様との約束で、あなたが子供というだけの理由で、あの方の傍らにわたくしではない他人が居るのが気に入りませんの」
ローレライは変えられてしまう前のウィリアムも、変えられてしまったウィリアムも知っている。
偽者かもしれない記憶、得体の知れない左眼、ウィリアムを戦いへと誘い続ける運命。
自らに残されたたったそれだけのものを抱きしめて、1人で消えてしまおうとしたウィリアムを知っているのだ。
しかし誰もがウィリアムの力になるどころか、ウィリアムにいろいろなものを背負わせて消えていった。
アドルフ・レッドフィールドとの約束はもはや呪いと化し、企業は最強と言う鎖でウィリアムを繋ぎ、そして人々は無責任にウィリアムの力を求めた。
超大規模戦力を単独で殲滅して欲しい。
機動兵器を野盗から奪取して欲しい。
激戦区の中央でただ1人で時間を稼いで欲しい。
ウィリアムの事を考えていないそれらの依頼をローレライは全て破棄し、ウィリアムが戦いから眼を背けられるよう誘うようにしていた。
ローズマリーが仲介していなければ今回の依頼も請ける理由はなかった。
コロニー首脳の暗殺を許すような程度の低いコロニーは、必ずウィリアムという分かりやすい切り札に囚われてしまうから。
だが皮肉にもウィリアムは策謀に巻き込まれ始めている、ローレライと同等かそれ以上の謀略者によって。
何よりローレライは不安でしょうがないのだ。
アンチマテリアルライフルを片手で無反動のように扱っていたウィリアムが、ローレライを受け止めるためだけにアンカーで体を固定していた。
それはウィリアムの体が限界に近付いている事を示唆していた。
元々アドルフと出会うまで文字通り泥を啜っていたウィリアムの体が上等なものである訳がなく、その命は左目と戦争の毒に犯され続けている。
ウィリアムの戦闘の要である射撃はパワーアシストがあって成り立つものだが、外部から強制的に体を制御しているそれは同時に体に強い負担を強いているのだから。
何より機動兵器殺しを前提とした依頼は左目の行使をウィリアムに強要し、その度にウィリアムは味覚を失うほどの内なる暴力に晒されている。
だというのに、誰もがウィリアム・ロスチャイルドをという人間を見ようとはしない。皆が見ているのは復讐者という黒髪の傭兵、この世界において最強の名を欲しいままにする唯一の存在。
だからこそ、ローレライがウィリアムを守らなければいけない。
それこそが、ローレライにとっての高貴なる者の義務なのだから。




