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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
145/190

Through The Fire/Draw The Liar 1

 静寂の中である1点に向けられた無数の銃口。

 その先頭に立っているのはコロニーLibertalia(リベルタリア)首脳代理フェルナンド・リベルタリアとその義妹であるアリサ・リベルタリア。銃口を向けているのはコロニーLibertalia防衛部隊、そして向けられているのはウィリアム・ロスチャイルドとその妻、ローレライ・ロスチャイルド。


「説明はしてもらえるんでしょうね。なぜ謀略者(フィクサー)が、野盗(バンディット)утешение(ウテシェニエ)のトップがここに居るのかを」


 機動兵器ヴァイオレット・ヴァーヴァリアンを撃破し、野盗(バンディット)大隊長である刀傷者(セイバー)を殺害し、その後半数を逃してしまうもコロニーLibertalia防衛部隊は野盗の撃退に成功。

 そしてその立役者である傭兵を出迎えようとしていた亜里沙とフェルナンドをの前に現れたのは、敵対者とタンデムしている傭兵だった。


「説明、ねえ」


 語気を荒めるフェルナンドの追及に思案するように顎に手をやるウィリアムを手で制し、ローレライは惚れ惚れするような美しい笑みを浮かべ恭しく頭を垂れる。


「お初にお目に掛かります。ウィリアム・ロスチャイルドの妻、ローレライ・ロスチャイルドですわ」

「ふざけるな!」


 その慇懃な態度に腹を立てた防衛部隊の男が銃口をローレライへと向けるも、それよりも早くウィリアムにハンドキャノンを向けられてしまい身動きが取れなくなる。

 機動兵器の装甲すら穿つ大口径の冗談のような見た目の銃、それに脅えながらも男は声を張り上げる。


「その女のせいで、パトリック様は――」

「それは違う。交渉屋の女主人が彼女に求めたのは連中にコロニーLibertaliaの人間を殺させないこと、そしてутешениеの全容を解明する事。彼女が敵でない事は先日の襲撃の被害と証明しているし、彼女が出発したのは前首脳殿が亡くなられた後だよ。記録が見たければ見せるけど、どうせ君達は信用しないだろうね」


 そう言って肩を竦めるウィリアムの様子を、亜里沙はただ呆然と眺めていた。

 今までの日々、掛けた言葉と掛けられた言葉、それが全てが無に帰されるようなそんな不思議な感覚。何より信頼だと思っていたものが、自らの一方的なものだったと理解させられてしまった亜里沙の胸中が荒らし尽くされていく。


「なら、どうして教えてくれなかったんですか?」

「ならそちらはどうしてLibertaliaにутешениеの内通者が居る事を黙っていたんだ?」


 どこか咎めるようなフェルナンドの言葉に、ウィリアムは口角をシニカルに歪めて問い返す。


 パトリックはその鋼鉄の意志と類稀なる運がなければ、ウィリアムは亜里沙に案内されなければ、ローレライはутешениеに迎えに来させなければ、ここまで辿り着く事は出来なかった。

 ならば、утешениеはどうして辿り着けたのか。


 その答えは1つしかなかった。


「……それは、気付きませんでした。すいませんね、こっちは受け持ったばかりの臨時でして」

「そっちがそのつもりならこの話はここまでにしておこう。ただ、そろそろ銃を降ろしてくれないか。俺のルールは知ってるだろう?」


 フェルナンドは苦々しく顔を歪めながら、手を伏せる事で銃を降ろさせる。

 裏切らなければ裏切ることはない、勝つ為には手段を選ばない傭兵。

 ウィリアムにとっては文字通り手段を選ばなかった。それだけの話であり、立ち向かうにはその傭兵はあまりにも強すぎた。何より傭兵の言葉の通り、ローレライのутешениеによる被害はほとんどなく、Libertalia防衛部隊の負傷は転倒等によるアクシデントによるものだけだったのだ。


 誰もが恐怖に足を取られているその状況の中で、亜里沙だけはその光景をただ呆然と眺めていた。


 最後に突き放すくらいなら、最初から優しくしないで欲しかった。

 仕事の一環でしかないのなら、あんなに必死になって助けて欲しくなんてなかった。

 演技でなかったのだとしても、あんな空虚な瞳など見せないで欲しかった。


 亜里沙は誰も受け入れず、何も望まずに生きてきた。それが自らと母を危機から遠ざける最大の防衛手段だったからだ。

 しかし亜里沙は既に望んでしまった。

 ウィリアムの傍らにあることを、兄の面影を持つ黒髪の男の支えになる事を。


 受け入れて望んでしまった存在を遠ざける方法など、亜里沙は知らない。

 まるで砕けた夢が突き刺さるような痛みを受け入れる方法など、亜里沙は知らない。


 フェルナンドはフラフラと足元すらおぼつかない様子でウィリアムに歩み寄る亜里沙を止めようとするも、見たことのない義妹の様子に躊躇してしまう。

 結果として傭兵とその妻はコロニーの為に自らの身の安全を省みずに動いたのだ。誰も彼らを責められるはずがない。


 すっかり黙りこくってしまった防衛部隊の男を見やりながら、フェルナンドがそう思っていると人の皮膚を叩く乾いた音が響き渡る。

 涙を流しながら右手を振りぬいた茶髪の少女と、無感情な瞳でその少女を見下ろしただそれを受け入れた黒髪の男。

 未だ戦場の空気が漂うそこで行われた、ささやかであるも明確な武力干渉。


 急激に引いていく体温、フェルナンドは義妹のしでかした短慮な行動に焦燥する。

 たった1回の平手、しかしそれが裏切りと取られてしまえばコロニーLibertaliaはどれだけの出血を強いられてしまうのか。

 フェルナンドにとってウィリアム・ロスチャイルドは得体の知れない怪物でしかないのだ。


 しかしウィリアムは防衛部隊の男に向けたハンドキャノンの引き金を引くどころか、はたかれた頬を赤くしたまま黙りこんでしまう。

 向けられたのは哀れむような光を灯す右目、まるで後悔しているように歪む顔。

 そのウィリアム態度を苛立たしく感じたのか、亜里沙は涙を流して歯を食い縛りながらリベルタリア邸へと駆け込んでいった。


 ウィリアムは自分を裏切りはしなかった。自分が自分を裏切っただけ。

 分かっていても、それを受け入れる事は亜里沙には出来なかった。


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