Death Rider/Curse Sider 2
呆然。息をすることすら憚られるほどの静寂の中で、炎がその身を躍らせて音を立てる。
へし折られた紫の6つの足、その紫を焦がす人を象るように作られた胴体部、吹き飛ばされた緑色の輝きを湛えていた頭部。
それをつまらないと言わんばかりに一瞥する灰色がかった黒い瞳と青い瞳。
「これが切り札、だったら楽で良かったんだけどな」
嘲るように呟いたウィリアムの言葉が戦場の静寂を犯すも、その傭兵が作り出した光景に誰もが動くことが出来なかった。
機動兵器が時が経つにつれてその数を大きく減らしていた。
組合から離れた歴戦の傭兵達やレジスタンス達が設立した民間軍事企業によって撃破され、乗り手を失いただの資源として解体され、その全てが劣化してその身を瓦解させて。
それでも機動兵器が強力な戦力であることには変わりはなく、技術者を擁する野盗утешениеは万全の状態でヴァイオレット・ヴァーヴァリアンを送り出していたはずだったのだ。
しかし紫の機動兵器――ヴァイオレット・ヴァーヴァリアンは、黒髪の傭兵に傷1つ付けることなく、付け加えるのであればバイクを走らせる事もなくその命を終わらされた。
面白い、中指のない金属のラインが走る手を顎にやりながら、人鳳・郭は胸中でそう呟く。
最強の歩兵と言わしめた壊殺者と最悪との機動兵器乗りと言わしめた殲滅者を殺害し、挙句の果てには企業そのものを壊滅に追いやった上、裏切った仲間を皆殺しにした野獣。
望外だ、たまらなく最高だ。
高揚し震える体に反応するように、人鳳の両腕に格納された合金の柳葉刀がガチャガチャと音を立てる。
「俺が出る、誰も邪魔すんじゃねえぞ」
望む限り最上級の強者と戦うチャンスを与えてくれた謀略者に感謝し、金髪の女に自らのバイクを押し付けて人鳳はゆっくりと歩み出る。
企業のエリート達は死に、民間軍事企業やレジスタンスは小突けばすぐに死んだ。
いくら謀略者に望んでついて来たとはいえ、好きに力を振るえない環境は殺人狂である人鳳にはとても退屈でしょうがなかった。
しかし、それもここまでた。
企業がなくなった以上、頭部を残さなければならない、眼を潰してはいけない、絵面を気にしなければならないなどの煩わしい決まりごともなく殺しが出来るのだから。
「よう、復讐者。待ちかねたぜ」
「そうかい、俺は不愉快でしょうがないよ」
軽口を叩きながら歩み寄る人鳳と相対するように、ウィリアムはハンドキャノンを構える。
やはり目的は復讐者の排除。
ウィリアムは見下げ果てたその行動原理に溜息をつきながら、数え切れないほどの買ってきた恨みに舌打ちをする。個人で大きな力となってしまったウィリアムにとっては、排除の対象になるなど今更の話だったのだ。
「そう言うなよ。俺もお前も殺人狂だろ?」
「冗談じゃねえ。一緒にするなよ、クソッタレ」
「ほざきやがれ、薄汚ねえ野獣が。こっちはお前と殺しあえるのを待ちかねていたんだ。楽しませてやるからよ、楽しませてもらうぜ?」
威嚇するような笑みを浮かべた人鳳は足を止めることもなく、両腕を振り下ろして両腕に悪逆無道と刻まれた柳葉刀を展開する。
「刀傷者、斬り刻んでやるぜ!」
折り畳みナイフのように展開された2振りの柳葉刀が向けられるより速く、ウィリアムは後ろへ飛び退るように後退する。
以前ウィリアムが殺害したパイルバンカーの右手を持った男と同じ処置により、本来中指があるであろうそこに2振りの柳葉刀を展開する灰髪の男。近接距離での戦闘が不得意なウィリアムにとっては、懐に入られてしまえば敗北は免れない。
いかに無様であってもウィリアムはただひたすら合金の刃を回避し続ける。
「避けてるだけじゃ終わんねえぞ!?」
「返す言葉もねえ、よ!」
突き出された柳葉刀を半身になって回避し、ウィリアムは隙が出来た腹に膝蹴りを叩き込もうとする。だが人鳳は驚異的な脚力で飛び退り回避した。
武装の後付と腕部脚部の強化、幸いなことに内部に装甲を仕込んでいる様子はない。
両腕に付け足した柳葉刀を使いこなす為に作り変えられた男の体に舌打ちをしつつ、ウィリアムはハンドキャノンの引き金を引く。
轟音と衝撃、パワーアシストをもってしても骨が軋みそうなそれらをウィリアムは歯を食い縛ることで堪える。
しかしハンドキャノンの弾丸は、人鳳の柳葉刀によって明後日の方向へと弾かれて目的を果たすことは無かった。




