In To The Deep Unknown/Brew The Cheep A Known 3
明るい灰色から暗い灰色へ。
皮肉のような変化を遂げた空の下で、アドルフは抱擁する金髪のアロースミスの親子を眺めていた。
コロニーCeasterに辿り着いた2人を出迎えたのは、無事コロニーBIG-Cから逃げ遂せる事が出来た車両群だった。
「ご無事で何よりですわ、お母様」
「そちらも無事で何よりですわ、ローラ」
煌めくような金髪を真っ直ぐ下ろした娘にそう返すのは、同じく煌めくような金髪をシニョンにした母――ローズマリー・アロースミスだった。
チャールズ・アロースミスの妻にして、ローレライ・アロースミスの母。
愚直なBIG-Cの人々の中で、正しく聡くあり続けたアロースミスの女傑。
抱擁を解いたローズマリーはアドルフの前へと歩み出た。
「あなたも、ご苦労様でした」
「……いえ、俺が出来たのはお嬢様をここまでお連れする事くらいでしたので」
「……BIG-Cはダメでしたのね」
「空爆で何もかも、申し訳ありません」
淡いブルーのジャケットとスカート、オフホワイトのシャツを身に纏う美しき女傑に、アドルフは視線を逸らしながら答える。
利発さを窺わせる碧眼は悲しみに暮れていた。
バイクというギャラを受け取りながらもミッションは失敗したアドルフに、かつて世話になったローズマリーに合わす顔などあるわけがなかった。
「あなたのせいではありませんわ。その発想自体誰にもなかったのです、仕方なくてよ」
詫びが受け入れられた事実に少しだけ肩が軽くなったように思えたアドルフは、おもむろにバイカーズバッグからはみ出しているアンチマテリアルライフルを取り出す。
グリップにはフレアのアロースミスのエンブレムが刻印され、バレルは比較的短めの物に取り替えられた対企業の私兵用のライフル。
アドルフはそれを両手でローズマリーへと差し出した。
「ああ、あなたが持っていてくださいましたのね」
「はい、チャールズさんからお預かりしました。お返ししたいのですが、チャールズさんはどちらに?」
ローズマリーがライフルを受け取ったのを確認したアドルフは、そう言いながら辺りへと見渡す。
当時の戦闘と今回の失態を知っているのか冷たい視線を送ってくる大人達。
好奇心から物陰から様子を窺ってくる子供達。
その中にチャールズの姿はなかった。
「……それについて話しておかなければなりませんわね」
ローズマリーはそう言いながら居住まいを正す。
それがローズの女傑としてのスイッチだと理解しているアドルフは、それに釣られるように背筋を伸ばす。
受けた教育が、アドルフを構成する大きな要素が無意識にそうさせるのだ。
「ここへ来る途中に企業の私兵による襲撃を受け、私達の先行部隊とチャールズ達の後続部隊が分断されてしまいましたの」
「……他にも部隊が居ましたか。敵の詳細は?」
「一切不明。ですがおそらく私達が知らない、高速行軍が出来るの企業の少数精鋭。私達が戦慣れしていないとはいえ、そうでなければここまでの事態にはなりえませんでしたわ」
予期もしていなければ、実態すら掴めない敵戦力に、アドルフは不愉快げに顔を歪める。
おそらくそれは"突然現れ"て、"突然攻撃を開始した"のだろう。
車両で部隊に対して突然接敵出来る機動力と、その機動力を有しながらも車両群が無視出来ない攻撃力。
しかし戦争のエキスパートであるアドルフですら、企業のそんな兵器を知らない。
企業の機動兵器は軒並み運行速度が速いとは言えず、輸送車に乗せて現場まで向かうのだから。
そしてアドルフは1つの可能性に気付き、それを首を振る事で却下する。
部隊や機動兵器ではなく"個人"であれば、臨機応変な待ち伏せ、機動力を生かした急襲を行う事は容易いだろう。
だが個人でそんな攻撃を行える存在など、あってはならないのだから。
「それで後続部隊は?」
「最後の通信ではコロニーCrossingへ行く、と。私達は負傷者達を多く含む後続部隊に囮をさせてしまいましたの――そこで勝手な事だというのは分かっていますが、改めてあなたに依頼をさせてください」
「お母様! お兄さんは任務を終えた足で先の戦いに参戦されましてよ!?」
ローズマリーの言葉にローレライは思わず大声を張上げてしまう。
アドルフが疲弊しているのは間違いない事実であり、その状態で任務に就かせるなどありえてはならない。
しかしローズはそれを受け入れることは出来ない。
「分かっています、ローラ。ですが私達には彼を頼る以外の術はなくてよ」
そう言葉を返すローズマリーの顔には悲痛な表情が浮かんでいた。
失われてしまったのであろう左目、疲労感を滲ませる顔。
そんな男1人に背負わせてしまう事が間違いだということくらい、ローズが理解出来ない筈がない。
だがアドルフは優秀な傭兵だった。
BIG-Cの防衛部隊とは違い、単独であらゆる行動を取れるアドルフ。
Ceasterの防衛能力を残したまま救出を行うには、これ以上ない最適な戦力なのだから。
「……ミッションの内容は?」
「お兄さん!?」
「別に請けると決めた訳じゃない。ただ話を聞かないっていうのはいたずらに時間を浪費するだけだろ?」
驚愕するローレライを手で制しながら、アドルフは視線を向ける事でローズマリーに話の先を促す。
義理立てする気もなければ、感傷に駆られた訳でもない。
しかしCrossingにその戦力が向かった可能性がある以上、アドルフは確かめなければならない。
チャールズ達は無事に生きているのか。
正体不明の敵戦力はCrossingに対して害意を持っているのか。
自分はその敵戦力を駆逐しなければならないのか。
「後続部隊の状況確認、場合によってはあらゆる手段を用いての救出を」
「Ceasterの防衛は?」
「ライアンと護衛に就いていた防衛部隊に一任しますわ」
ローズマリーの上げた名前に眼帯の男は辺りを見渡す。
今は休養を取っているのか姿が見えないアロースミスの用心棒と、遠くから自身を睨みつけている防衛部隊の面々。
万全とは言えないが、それでも物資があるだけマシだろう。
そう判断したアドルフは深いため息をつき、やがていろいろ納得したように口を開く。
「……いいでしょう。俺としても都合がいい」
「でしたら報酬は――」
「それはいいので食料、弾丸、ナノマシンの支給、それと1つだけ条件をつけさせていただきます」
報酬はいらない、傭兵らしくない眼帯の男の言葉にローズは面を喰らう。
確かにバイクは高額な報酬となりえるが、わざわざ差し出される報酬を断る理由などあるはずがない。
しかし時間があるとは言えないローズマリーは、その疑問を押し殺して先を促す。
「後続部隊の生存を確認、自力での合流が可能と判断した場合、俺の任務はそこで終わりとさせていただきます」
「Crossingに何か用事でもありまして?」
「そこが俺の故郷なんですよ。元々この任務が終われば帰るつもりでしたので、都合が良いと」
口角を歪ませるアドルフの答えに、ローズマリーは訝しげに柳眉を顰める。
ローズの知っているアドルフの拠点は、旧リヴァプールのスラムだったはずなのだ。
拠点だけならまだしも、なぜわざわざ豊かなコロニーを出てスラムに移り住んだのか。
それがローズマリーには理解が出来ない。
「……初耳ですわね」
「そうでしたか?」
疑問符は付けながらも、どうでもいいだろうと言わんばかりにアドルフは肩を竦める。
傭兵としての都合がそうさせるのだろうか。
ローズマリーがそんな事を考えていると、ここまでずっと黙っていたローレライが唐突の言葉に2人は驚愕させられる事となる。
「でしたらわたくしも条件をつけさせていただきますわ――コロニーBIG-C臨時戦略指令であるローレライ・アロースミスを、コロニーCrossingまで護送していただきますわ」
「本気で言ってるのかい? 別にローラ嬢ちゃんがついて来る必要はないはずだ」
正気とは思えない、参謀としての教育を受けたとは思えないローレライの言葉に、アドルフは眉間に皺を寄せる。
後続部隊と合流出来たとしても、CrossingからCeasterまでの道は安全とは言えない。
傭兵が目的を持って動く以上、裏切りがない可能性は0ではない。
そもそも、後続部隊は既に全滅しているかもしれない。
聡明なローレライがそれを理解していないとは思えないが、わざわざついて来なければならない理由も分からないのだ。
「いいえ、後続部隊の自力撤退が可能かどうか見定める存在が必要なはずですわ。お兄さんと違い、彼らは脆弱なBIG-Cの人間達なのですから」
「だからといって脆弱なローラ嬢ちゃんが出向く理由にはならない。チェックリストでも作ってくれればそれで済むんじゃないのか?」
「一時的とはいえわたくしは指令、その指令が何もせずにいるのは間違っていますわ」
「立場に踊らされるな、それはローラ嬢ちゃんの命を救っちゃくれない」
「ですがお兄さんはわたくしの命を救ってくださいますわ」
「あのな――」
「その辺りにしておきなさい、それこそ時間の無駄ですわ」
初めて見せる娘の強情な面に戸惑いながらも、ローズマリーは手を叩く事で人の言い争いを止めさせる。
アドルフが疲弊しているのは事実で、ローズマリーはアドルフに少しでも休息を取らせなければならない。
話の流れは知らないがローレライが臨時戦略指令に就いたのが事実なのであれば、ローレライは後続部隊の安否の確認をしにいかなければならない。
理屈は通っているが面倒になり始めた事態に、ローズマリーは右手で顔を覆いながら深いため息をつく。
アドルフに新たな任務に就かせるのも、1人娘を危険な旅に同行させるのも本意ではないのだから。
「臨時戦略指令の権限によってローラの随行は決定、そのための食料、弾丸、ナノマシンを用意しておきます――それと報酬を先払いさせていただきますわ」
そう言ってローズは首にしていた金のフレアのネックレスを外して、不測の事態に困惑するアドルフへと差し出す。
アロースミスのエンブレムを象るそのネックレスは金で出来ており、物資が枯渇するこの時代においては戦争の火種となりえる物だった。
「受け取れません。俺はもう十分なほどの報酬をいただきました」
売れば数年は遊んで暮らせる、そんな小さな財産にアドルフは思わずそれを拒否してしまう。
しかしローズマリーはアドルフの手を取って無理矢理にそれを握らせる。
「いいえ、あなたにはこれを受け取っていただかなければなりませんわ――私は確約していただかなければなりませんの。ローラを必ず守ってくれると、あの子を絶対に死なせたりしないと」
囁かれた後半の言葉にアドルフは思わず、ローズマリーの碧眼を見つめてしまう。
その瞳が放つ視線はそれが本気だと言う事をアドルフに理解させ、アドルフは思わず深いため息をついてしまう。
傭兵家業を廃業するにはもう少し掛かりそうだ、と。