Shake The Fake/Wake The Snake 6
アロースミス邸で出された物より数ランク下の紅茶で唇を湿らせた亜里沙は、どこかつまらなそうにテーブルの向こうに広がる別世界を眺めていた。
リベルタリア家が結果的に雇い入れた傭兵であるウィリアム・ロスチャイルド。
リベルタリア家が正式に雇い入れている侍女であるレギナ・ハーパライネン。
アロースミス邸で腰掛けていた物より数ランク下のソファにその2人は並んで腰を掛けていた。
レギナはウィリアムの腰に腕を回すようにして抱きつき、ウィリアムは首元で纏められた巻き毛気味の赤毛の頭を笑顔で撫でている。
2人の間に交わされる会話はどこか気安いものであり、監視役でもある亜里沙は聞き役に徹するほかなかった。
「しかしリジー、本当に大きくなったね。見違えたよ」
「ウィル兄さんもお元気そうでなによりです。企業を壊滅させたとか、機動兵器を1人で倒したとか、そういう情報しかなかったから皆心配してましたよ」
心配とは言いながらも再開できた嬉しさが勝っているのか、レギナはどこかだらしない笑みを浮かべながらウィリアムの胸元に額をこすりつける。
その微笑ましくも羨ましい光景に口角を僅かに引きつらせながら、亜里沙はやはり面白くないと静かに嘆息する。
ウィリアムが構ってくれないと退屈そうにしている亜里沙が、レギナに付けられた愛称に少しだけつまらなさを感じてしまうのも無理はなかった。
「そんな大げさな、そんなに信用ないかい?」
「大げさなんかじゃないですよ。あの時だって私達が寝ている間に人買いの組織を殲滅したりとか、ウィル兄さんが強いのは知ってても皆心配してたんですよ?」
「それが傭兵ってもんさ」
「でも……その左目だって、何かあったんでしょう?」
そう言ってレギナは見上げるようにして、布に覆われたウィリアムの左目に視線をやる。
続いて浮かべられたレギナの沈痛な表情に、亜里沙は訝しむように眉を顰める。
ウィリアムの過去を知っているはずのレギナが、なぜ左目を失った経緯を知らないのか。
亜里沙はウィリアムが左目を失ったのはCrossing防衛部隊から離脱した頃から企業壊滅戦の間と予測していた。
コロニーCrossingで機動兵器殺しを成し遂げたのは、黒髪黒目眼帯のウィリアム・ロスチャイルドという傭兵だ。
その情報は企業や人買いから逃げ回っていただけの亜里沙でも知っているような当然の事だった。
そしてCrossingで機動兵器と戦った際に左目を失ったとすれば、数ヶ月も置かずに仕掛けられた企業壊滅戦にウィリアムが参戦する事は出来なかったはず。
もしかしたらその情報が嘘で、ウィリアムは機動兵器殺しと企業壊滅戦に無関係なのだろうか。
ふと脳裏をよぎった考えを亜里沙は即座に切り捨てる。
ウィリアムの有用性と機動兵器の恐ろしさを目で見ている以上、ウィリアムが切り札でない可能性はありえないと亜里沙は断定する。
しかしそうなってしまえば、傭兵として独立したウィリアムに勝利して左目を奪った人間が居ると言う事である。
今のように完成していなかったとはいえ、最強の片鱗を磨き上げていたウィリアムに勝てる人物とは誰か。
戦火を焼き尽くす暴力と対峙して、生かすだけの余力を持って勝利できる人物は居るのだろうか。
「こうやってリジーと話が出来てるんだ、大した事じゃないよ」
「……今はそういう事にしておきます。ウィル兄さんと会えただけで嬉しいから」
あくまで左目について話す気はないと言わんばかりのウィリアムの態度にレギナは唇と尖らせる。
幼い頃から再開を楽しみにしていた相手の髪には白が混じり、その上で左目を失い、挙句の果てには妻に裏切られた。
その事を考えるのなら、レギナがウィリアムを心配するのは当然だった。
「もう何年経ったんだろうね。そりゃ俺も歳を取るはずだよ」
「ロスチャイルドさん。なんかその言い方、お年寄りくさい」
「人間誰しも歳を取っていくもんだよ、アリサだっていつかは、ね」
半眼でウィリアムの言葉に難癖をつけるアリサに、ウィリアムは少々の意地の悪い笑みを浮かべてそう返す。
子守をしていた少女が時を経て結婚する事となった、とあれば無理も無いだろう。
そう胸中で1人ごちたウィリアムは用意された紅茶を口に含み、香りだけを楽しむ。
負けられない理由がまた1つ出来てしまった。
あの時、守ったはずの他の子供達が会いに来ないと言う事は、そういう事でしかないのだから。




