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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
135/190

Shake The Fake/Wake The Snake 3

「お嬢様」


 カーペットすら敷かれていない廊下に視線を落としていた亜里沙は、聞き覚えのある声に視線を上げる。

 後ろで1つに纏められた灰髪、どこか強い意志を感じさせる灰色の双眸、カジュアルダウンしたスーツスタイルを纏うスレンダーな体躯。

 そこに居たのは亜里沙が姉のように慕っていた、自身の世話役の女だった。


「サーシャ、どうしたの?」

「お戻りになられたと聞きまして。お怪我もないようで何よりです」


 安堵するように深く吐息をつくサーシャに、亜里沙はふと帰ってきた事を実感する。

 義父は知らぬ間に埋葬され、義兄は仕事に振り回され、母は顔すら見せてくれない。

 その環境下で亜里沙に日常を感じさせてくれたのは、サーシャと呼ぶ世話役だけだったのだ。


「そっか、ありがとう。ただいま、サーシャ」

「おかえりなさいませ、お嬢様。こちらにいらっしゃるという事は傭兵に何か御用でも?」

「うん。ちょっと、話がしたいなって思って」


 亜里沙はそう言って苦笑する。

 あれだけ守られておきながら、今度は心まで守ってもらおうとしている。そんな自分の浅ましさが亜里沙にはおかしくてしょうがなかった。

 パトリック、フェルナンド、チーロ、サーシャ。誰にも感じなかった安堵感を、ウィリアムは亜里沙に与えていたのだ。


 まるで綺麗な黒髪を持っていた、自分達を守る為に命を懸けてくれた優しい貴宏のような。

 顔立ちは大分違い、唯一の共通点と言える黒髪には白髪が混じっている。

 だというのに、亜里沙はウィリアムに不思議な懐かしさを感じているのだ。


「お嬢様、レギナが傭兵との面会を希望しています。いかがいたしましょうか?」

「レギナが? 何で?」


 共だって歩いていたサーシャの言葉に、亜里沙は首を傾げる。

 レギナ・ハーパライネンはパトリックがコロニーLibertalia(リベルタリア)を興した直後に移住してきた移民の旅団の1員であり、現在はリベルタリア家の侍女をしている女だ。

 どうしてウィリアム・ロスチャイルドという最強の傭兵に、と亜里沙が戸惑っていると世話役の女は付け足す。


「昔命を救われ、直に会ってお礼をしたい、との事です」

「……別にいいんじゃない。でもいろいろ誤解を生まないように、その時は1対1は避けてあたしかサーシャがつくようにして」

「かしこまりました」


 背後で頭を下げられたのを感じながら、亜里沙は脳裏によぎった考えを振り払うように嘆息する。

 ウィリアムはやはり謀略者(フィクサー)の味方で、レギナもウィリアムを通して野盗(バンディット)に通じているのではないか。

 しかし2人がコロニーLibertaliaに害をなそうとするのならば機会はいくらでもあったはずであり、ウィリアムがLibertaliaに到着した時点で亜里沙達に勝機はなかった。何よりウィリアムが敵対意思をもっていないのは、コロニーの指導者であるリベルタリアの末娘である自身がこうしている事が何よりの証明なのだ。


 自身の中で決着をつけた亜里沙は、ようやく辿り着いた目的の部屋のドアノブに手を掛ける。その部屋は玄関を中央にしてリベルタリア家と間逆の位置に設けられたウィリアムのための客間だ。

 だというのに亜里沙が扉を空けたその瞬間、サーシャは亜里沙を抱えて背後に飛び退っていたのだ。


「さ、サーシャ?」

「お言葉ですがお嬢様、迂闊すぎます」


 胸元に抱き寄せられた亜里沙は世話役の女を呼び掛けるも、女は呼吸を整えながら嗜めてくる

 頭1つ分上から返される視線があまりにも真剣だったからだろうか。

 亜里沙は思わず口答えをしてしまう。


「迂闊って、ロスチャイルドさんは別に悪い人じゃないよ?」

「だとしてもです。戦闘後の傭兵なんてはものは気が立っていている獣のようなものです、誤射なんてされたらどうするんですか?」


 考えもしなかったサーシャの言葉に亜里沙は思わず黙り込んでしまう。

 スラムで助けられたあの夜、ウィリアムは何も言わずとも亜里沙と一緒に居てくれた。

 もしあの時間がウィリアムが平静を取り戻すための時間だとしたら、ただ1人で隔離された彼は今どうしているのだろうか。

 たった1人の妻に裏切られた上に、多くの武装と共にバイクを取り上げられた暴力と災厄の野獣は。


 全てを理解したその瞬間、亜里沙は背筋に氷柱を差し込まれたような悪寒に襲われる。

 自分だけが死ぬならまだいい。しかし自分が叩き起こしてしまった暴力によって、立ち上がる事すら出来なくなってしまった母が害されてしまうのは最悪だ。


 冷静であったなら思いつく事もなかっただろう考えが脳裏を支配する。

 そんな事を考えてしまうほどに、亜里沙が目の当たりにした暴力は圧倒的過ぎた。


「お嬢様、あなたの周りにはあらゆる思惑が渦巻いています。その渦中にいるお嬢様がそれらと無関係でいることは出来ないでしょう。だからこそ分かってください、御身の価値とあなたを心配する者達が居る事を」


 優しげな笑みを浮かべてブリュネットで隠れた耳元で囁くサーシャの言葉に、亜里沙は失せていた熱を取り戻していくのを感じる。

 あの時ウィリアムは彼女が想ってくれているのは純粋に嬉しい、そう言っていたのだ。


 その妻に裏切られたウィリアムは、今どんな気持ちなのだろうか。

 幼少の頃に父と兄と生き別れ、たった1人で母を守ってきたアリサは旅の間誰かを信用する事はなく、今回ローレライ・アロースミスに裏切られるまで同時に誰かに裏切られた事もなかった。

 自らの行動1つで愛する母に危険が訪れる可能性があった以上、アリサにはそんな事出来やしなかった。


 しかしフェルナンドはウィリアムの手綱の担い手が必要だと言っており、亜里沙はその意味を正確に理解していた。

 その傍らに立つのが誰であろうと、歩み寄れるのは亜里沙ただ1人なのだから。


「サーシャ、ちょっとあの人と話してくるね」

「かしこまりました――それとお嬢様、全てが1段落したらまたいろいろな講義をさせていただきますのでお覚悟を」


 サーシャの細められた目と絶対零度の響きを持つ言葉から逃げ出すように、亜里沙はそそくさと客室に消える。

 ノックも無しに誰かの部屋に入っていいなど、サーシャは1度も言った事はないのだから。

 何より灰色の吊り気味の目が、どこかで感じた戦場の雰囲気を感じさせたその目が亜里沙には恐くてたまらなかった。

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