Shake The Fake/Wake The Snake 1
リベルタリア邸の執務室でアッシュブロンドの髪の男がタブレットに表示された情報に頭を抱え、癖のあるブリュネットの髪の少女は簡素な執務机の前で立ち尽くしている。
野盗утешениеが撤退してから数時間が過ぎ、コロニーLibertaliaは仮初めの平穏を取り戻していた。
だというのに、両者の表情はどこか暗いものだった。
「負傷者は極少数、死者や重傷者も居ない。不幸中の幸いなのは分かるけど、どうにも気味が悪いね」
リベルタリア家党首であるフェルナンド・リベルタリアはタブレットを執務机に置き、頭を抱えるように後頭部で手を組む。
パトリック・リベルタリアを殺した最初の襲撃以来、コロニーの包囲と外敵の排除だけを行っていたутешение。
一方的に均衡を作り出してきたутешениеが突如として攻勢に転じるも、死者が出ていないという事態は奇妙以外の何物でもなかった。
有色の自身らの肉体に価値があるとしても、殺されてしまえば儲けを手にすることも出来ないというのにだ。
「それはともかくとして、おかえりアリス」
「ただいま、です。お義兄様。このような結果になってしまい、申し訳ありません」
自分を意味する響きに僅かに顔を強張らせた亜里沙は頭を下げる。
裏切られるとは思って居なかったのは事実だ。
どういう経緯があったとしても、Libertaliaにローレライ・ロスチャイルドを寄越したのは亜里沙なのだから。
しかしフェルナンドはどこか疲れたような笑みを浮かべて、両手で頭を上げるように促す。
「気にしないでくれ、とは言えないけど被害がこれだけで済んだのはアリスが連れてきてくれた傭兵のおかげだ。謝らなくていいよ」
「……はい」
フェルナンドの言葉に顔をゆっくりと上げた亜里沙は、どこを取っても予想外の事態に頭を抱えたくなる。
引き金をたった数回引いただけでутешениеを徹底させた最強の傭兵、ウィリアム・ロスチャイルド。
Libertaliaの全ての戦力を集めようと敵わないだろう最強の暴力にして、機動兵器殺しすら可能にしたアロースミスの切り札。
しかしそのウィリアムに対して最も有効な指し手であるローレライ・ロスチャイルドは、утешениеの謀略者として2人の前に立ちはだかった。
ウィリアムを有効に扱う事が唯一にして最良の選択だったLibertaliaは、最悪の事態まで追い詰められてしまったのだ。
自らの妻に銃口を向けてくれなど、少なくとも亜里沙には言えそうになかった。
「インスタントメッセージで軽く聞いてはいるけど、一応状況の確認をしてもいいかい?」
「はい」
亜里沙はポケットから端末を取り出して、フェルナンドのタブレットへとデータを送信する。
ディスプレイに表示されるのは以前と変わらず、金髪の女と黒髪の男だった。
「交渉屋アロースミスは交渉での解決を不可能と判断。宣戦布告と戦後処理のための交渉役としてローレライ・ロスチャイルドを、あたしの護衛と戦闘の際の切り札としてウィリアム・ロスチャイルドを貸し与えてくれました」
「ローレライ・ロスチャイルドはともかくとして、ウィリアム・ロスチャイルドに報酬を支払えるだけの資産はうちにはないよ」
「あたしもそう言ったんですが、2人に関しては報酬は支払わなくていいと、ローズマリー・アロースミスが……」
今となっては何とも言い難い事態になってしまったが、と亜里沙は肩を竦める。
戦闘後、妻の裏切りに荒れるかと思われていたウィリアムはリベルタリア家、正確には亜里沙の指示に従うようにリベルタリア邸へと招かれた。
リベルタリア邸に逗留させる事でリベルタリア家の守備を完全とし、バイクを管理する事でウィリアムに逃げられないようにする。そんなリベルタリア家の意思を理解しているというのにも関らずだ。
怒りに駆られる様子もないウィリアムの態度を恐れているのか、フェルナンドはただただ深いため息をつく。
「交渉の報酬だけで2人を、いやウィリアム・ロスチャイルドを雇えたのは僥倖なんだろうけど、困ったもんだね」
「彼が戦えないって事ですか?」
「いや、ローレライ・ロスチャイルドが居ないならウィリアム・ロスチャイルドの手綱を誰が握るのかって話さ」
「……彼が裏切るとでも?」
「いいや、僕達が余計な事をしなければ彼は裏切らない。問題はアロースミス自体が、僕達を裏切るんじゃないかってところさ。企業を壊滅させた参謀が本気で彼を裏切らせようとしたら、なんて考えると恐いだろう?」
どこか自信ありげなフェルナンドの言葉に亜里沙は僅かに眉を顰める。
Libertaliaまでの道のりを共にした亜里沙でもしらないウィリアムを知っているようなフェルナンドの態度が、亜里沙にはどこか不審に感じられたのだ。ウィリアムは企業を壊滅させた英雄であると同時に、多くの野盗を生み出した元凶であるというのにも関らず。
しかしここで無意味な問答をする気はない、と亜里沙は話を終わらせる事にした。




