Domesticate To Insanity/Demonstrate To Sanctity 5
2人を乗せたバイクが迷宮のように入り組んだ峡谷を進んで行く。
天然の要害とはよく言ったものだ、とウィリアムは静かに嘆息する。亜里沙の案内がなければコロニーLibertaliaに着く前に野たれ死んで居たかもしれない、そう思うほどに峡谷は複雑に入り組んでいた。
「そろそろ着くから状況を再確認するわよ、そのままでいいから聞いて」
亜里沙のその言葉に峡谷の大部分を踏破した事を把握しながら、ハンドルを握るウィリアムは頷く。
「あなたの奥さんの和平交渉後、野盗утешениеが武力行使に出た際に、あなたがコロニーLibertaliaの最大戦力として戦場に出てもらう事になるわ」
「相手の勢力に関する情報は?」
「野盗утешениеは、謀略者っていう元企業の参謀が率いる機動兵器を保持してる組織よ。」
「そう言えば何で他からの横槍が入らなかったんだい?」
コロニーLibertaliaにしろ、野盗утешениеしろ。
お互いがお互いに目を捉えられている以上、漁夫の利を狙うのであればこれ以上ない好機の筈なのだ。
「大体がこの峡谷を抜けられなくて帰って行くのと、人数がまとまった傭兵部隊とかの組織が介入しようとするとутешениеが殲滅しちゃうのよ」
「それは、変な話だ」
目標であるコロニーに手を出さずに、他所からやってくる部隊にのみ戦力を振るう野盗。それがコロニーに降りかかる火の粉すら払うこの状況。
おかしい、何もかもがおかしい。
手負いの獲物を仕留めないのは何故だ?
違う目的があるのか?
何かを待っているのか?
脳裏で何かがよぎりだした不明瞭な映像、脈動を始める違和感。
そしてバイクが砂丘を越えたその時、亜里沙は空を指差しながら叫ぶ。
「ロスチャイルドさん! コロニーが!」
亜里沙の声に導かれるようにウィリアムが見たのは、戦火の煙を上げるコロニーLibertalia、そしてソレを包囲しつつある襲撃者達。
何もかもが意味不明な野盗の行動理念に舌打ちをし、ウィリアムはバイクのハンドルを握り直す。
「飛ばすよ、しっかり掴まってて」
焦燥に駆られバイクの速度を上げながらも、ウィリアムは冷静に状況を整理し始める。
コロニーLibertaliaに残された戦力は専守防衛が精一杯の限られたものであり、ソレに対するутешениеの戦力はコロニーLibertaliaを牽制しながらも、外部の組織を叩けるレベルの戦力を保持出来るほどのもの。
だというのに、その圧倒的な戦力差を維持しているというのに、獲物を狩ろうともしていなかったутешениеは方針を大きく変更してコロニーLibertaliaへの侵攻を開始した。
ウィリアムの脳裏で違和感が荒れ狂い、肥大化していく。
まるでутешениеの目的がLibertaliaという財源以外にもあるように思えてしょうがないのだ。
「アリサ、速度を落とさないままコロニーに突入する。こちらがコロニーの戦力に攻撃されないよう話を通しておいてくれないか。バッグの中にある信号拳銃を使ってもいいから」
「分かった!」
ウィリアムにそう言われた亜里沙は混迷する状況に戸惑いながらも、ミリタリージャケットの襟に付けた端末でコロニーの臨時代表となった義兄の端末をコールする。
数瞬の後、亜里沙の端末から聞こえたのは義兄の緊迫した怒声だった。
『アリス! どうなってる!? 交渉屋はどうした!? 何故僕達が攻撃を受けているんだ!?』
「え? 交渉役には先にコロニーに入ってもらってた筈です。そう連絡しましたよね?」
『そんな人間は来ていないどころか謀略者らしい女が出てきた! 第1防衛部隊が戦闘不能、もうあまりもたない!』
「もう少し持ちこたえて下さい! 今すぐ傭兵を、ウィリアム・ロスチャイルドを連れてそちらに行きます! ――ロスチャイルドさん!」
「OK、悪いけどアリサをどこかに降ろしてる時間は無い。このまま戦闘を開始する、用意をしておいておくれ」
それに応えるよりも速く亜里沙は肩耳ずつ耳栓を付け、落ちないように確認してからウィリアムの腰を回した腕で軽く2度ほど打つ。
ソレを準備完了の合図と理解したウィリアムは最高速でバイクを走らせた。




