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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
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Domesticate To Insanity/Demonstrate To Sanctity 4

「そっか、そうだよね……」


 望み薄だとは理解していたが、期待せずにはいられなかったアリスは落胆したように俯く。

 誰もが求めてやまない最強の傭兵。そのウィリアム・ロスチャイルドですら知らないのであれば、もはや誰も父と兄の行方を知る者は居ないだろう。

 ウィリアムへの全てのアプローチを取捨選択しているローレライを知らないアリスは、確信めいた諦観にアリスの目頭が熱くなる。


 心の奥底にしまいこまれていたあらゆるな物が溢れ出してくるのだ。


 大好きだった父と兄、母と2人で乗り越えてきた過酷な旅、怖くても母を守るためにナイフを手に取って傭兵の死体を漁り続けた日々、反対したくても幸せそうな表情を見てしまい何も出来なかった母の再婚、変えられてしまった全て。


 それらが発露するようにアリスの目から涙が溢れ出す。

 情けなさからアリスは涙を払うように手で目をこするが、止まらない嗚咽は少女の小さな肩を大きく震わせる。


「こすっちゃダメだ」


 まるでいつかのご令嬢のようだ、と椅子から立ち上がったレイはアリスの手を取る。

 その指は少女らしい華奢さをもちながらも、振るい続けた刃物によってやや節くれ立っていた。

 有色の少女がどれだけの苦労をしてきたのか、過去を断片的に失ってしまったウィリアムには想像もつかない。

 それでも一時の安息を与えてやる事くらいは自分でも出来る、とウィリアムはアリスの小さな手を握って目線を合わせるように身を屈ませる。


「リベルタリアの嬢ちゃんはその2人の死体を見たのかい?」

「見て、ないけど」

「なら、まだ分からないじゃないか。俺は嬢ちゃんよりもずっと子供だった時にコロニーから追い出されたけど、こうやってまだしぶとく生きてる。可能性は0じゃないんだよ」


 数少ない身内以外誰も知らないウィリアム・ロスチャイルドに、嗚咽を混じりに喋っていたアリスは驚愕から目を見開く。


 いわく、機動兵器殺し(ジャイアントキリング)

 いわく、戦火を踏み散らす最強の傭兵。

 いわく、裏切りを許さない暴力の野獣。


 植えつけた恐怖の数も、焼き尽くした命の数も、食い荒らした戦場の数も知れない。

 理不尽な暴力の化身であるウィリアムを欲しがる勢力は多く、その切り札を放逐するなどという愚考を犯す理由などないはずなのだ。


 戸惑うアリスに苦笑をこぼしながら、ウィリアムは決して置いていく事がないようにゆっくりと口を開いた。


「嬢ちゃんが2人の事を忘れてしまえば誰もが彼らの事を忘れてしまう。忘れてしまえば誰が彼らを探してあげられるんだい?」


 棚に上げたような、それでいて自分勝手な言葉にウィリアムは自嘲するような笑みを浮かべる。

 自分のせいで死なせてしまった義理の兄であるアドルフ・レッドフィールド、義理の姉となる筈だったトレーシー・クレネル。

 ウィリアムが1度忘れてしまい、その上侮辱してしまった2人。

 アドルフは遺体を解体された上に記憶を流用され、トレーシー・クレネルは殺されて記憶を奪われた上に故郷のコロニーごと焼かれてしまった。

 トレーシーの身内すら生きているとは思えないその惨状をウィリアムが忘れてしまえば、2人の存在は今度こそなかったものになってしまうだろう。


 生かされた人間が、その人達を終わらせる存在になってはいけない。

 犯した罪も、重ねた悔恨も何もかもを一生を背負って生きていかなければならない。

 だからこそ、ウィリアムはアリスにそれを伝えなければならない。


「だから、それだけは、それだけは何があっても絶対に許してはいけないんだ」


 そう言ってウィリアムは、アリスの手から離した手でブリュネットの頭を撫でる。

 年下を宥める方法をウィリアムは生憎これしか知らなかった。

 しかし癖のある茶髪をなるべく乱さないように頭を撫でながら、華奢な肩を震わせる嗚咽が収まるのを待つウィリアムはこれ以上は踏み込むべきではないと静かに嘆息する。

 苗字の違う男達とその男達の安否を気にして涙を流す少女。面倒ごとに巻き込まれ、その上で面倒ごとを生み出してきたウィリアムは警戒するのは当然だった。


 そんな事より、少し安易過ぎやしなかっただろうか、と思考を振り払ったウィリアムは眼下の少女を見下ろす。

 ローレライは喜怒哀楽の全てにこの行為を求めていたが、アリスが子供扱いされたとへそを曲げてもおかしくない。

 しかし消えなかった記憶には、確かにアドルフの手の温もりが残っていた。

 元々人間らしい出自もないウィリアムがしてやれる事など、アドルフが自分にしてくれた事くらいしかないのだが。


「……ごめんなさい、もう大丈夫だから」

「いいよ、こういうのは大人の役割だからね」


 ようやく落ち着いたのか、鼻を啜りながら言うアリスの言葉に応えながら、ウィリアムは軽く手ぐしで髪を整えてやる。

 毛先が外に跳ねた癖のある暗い色のブリュネット、独特な美しさを湛える顔。

 狙われるのも無理もない、とウィリアムは口角を歪ませる。

 西洋人のルーツを感じさせるローレライとも、あらゆる血が混ざり合ったウィリアムとも違う雰囲気。

 そのオリエンタルな美しさは一目を引いてやまないものだった。


 板に付いた苦笑じみたウィリアムの笑みが気に入らなかったのか、アリスは拗ねたように口を尖らせた。


「子ども扱い、嫌なんだけど」

「俺もリベルタリアの嬢ちゃんくらいの時にはそう思ってたよ」

「その呼び方も嫌、それだけは絶対に嫌」

「じゃあ何て呼べばいい? お嬢様、なんて呼ばれたくないだろう?」


 今までに無かった少女の強い拒否にウィリアムはたじろぐも、自分には決めかねる事態に匙を投げる事にした。

 投げ掛けられた言葉にアリスは毛先を指でいじりながら思索にふけり始める。


 聞かれたのは、呼ばれたい名前。

 そう考える少女の脳裏にかつて"変えられてしまった名前"がよぎる。

 家名に合わないから、相応しくあらなければならないから。ただそれだけの理由でその響きを聞く事すら叶わなくなった名前。


「……亜里沙、アリサがいい」

「分かったよ、アリサじょ――」

「嬢ちゃんって付けたらある事ない事アロースミスさんに言うから。あと、ちゃんもいらないから。付けたら、分かってるわよね?」

「……分かったよ、アリサ」


 意趣返しのように、それでいて降参したように口にした名前。

 たったそれだけの事で笑ってくれた亜里沙に視線を落としたウィリアムは、残り少ない旅路に思いを馳せて苦笑を深めた。

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