Tread The Flood/Dread The Blood 8
調子が狂っている、それも致命的なほどに。
必要以上には干渉してこない黒髪の男と出会うまでは、1人だった時にはそんな事考えた事すらなかったと、はためくフードで隔たれた視界の端に襲撃者の2台の車を捉えながらアリスは舌打ちをしてしまった。
しかし次の瞬間、冗談のような銃声がアリスの舌打ちもエンジン音をも掻き消し、荒野に響き渡る。
銀色の銃口から吐き出された銃弾は吸い込まれるように接近しつつあった装甲車両のチェインガンを捉え、炎上するソレに煽られるようにコントロールを失った装甲車両は蛇行運転の後、内部からの爆破で装甲を撒き散らし荒野にクレーターを生む。
アリスはそれに衝撃と轟音に告ぐ轟音にバイクから振る落とされないようにしながら護衛の背中にしがみついた。
顔色1つ変えずに幾つもの命を奪ったウィリアムに激昂した襲撃者達は、並走するもう1台の車両から身を乗り出してウィリアムの銃口を向けるものの、銀色の銃口は彼らを決して見逃さず1人1人とその数を減らしていった。
狙撃手を失った車両は徐々にスピードを落とし、アリスとウィリアムの乗るバイクの背後を取る。
質量差を生かした突撃。
車両に残された唯一の手段と相手の思惑にアリスは気付き慌てるも、ウィリアムの変わらない態度にその恐慌振りを加速させられてしまう。
武装が付いていないとはいえ車両と大型バイクでは質量差を埋める事など出来はせず、いくらウィリアムの駆るバイクがいくら速くとも後ろから煽られ続けるプレッシャーにアリスが耐え続ける事は出来ない。
「後ろ、つかれたよ!」
恐慌と焦燥に駆られながらも少女は大声を上げるが、ウィリアムは一向に焦った様子すら見せない。
そしてバイクの後ろに付いた車両が速度を上げめる。
あまりの恐怖にアリスは護衛の背中に顔をうずめ、食い付かんとばかりに接近する車両にウィリアムが火薬を内包する金属塊を投げ捨てる。
その金属塊はバイクに置いて行かれ、車両がその上を通過した瞬間爆音を上げながら破裂した。
車体は後部を持ち上げられるように吹き飛ばされ横転し、ウィリアムは爆破から逃れるようにバイクで旋回しながら左手に握ったハンドキャノンの引き金を引く。
「こんなもんかよ、カッコつけた俺がバカみたいじゃないか」
轟音と共に訪れた熱波にウィリアムは吐き捨てるようにそう呟いた。
牽制はした筈だった。
企業という組織を相手取ったウィリアムにとって、人買いが雇う傭兵程度が何人集まろうと相手にすらなりはしない、それを分かった上で依頼人に手を出すのならばこちらも容赦はしない。そう牽制していたつもりだった。
夜毎依頼人に接触を試みようとしていた人物のバックが、同じであることは尋問によって判明している。となれば答えは1つだった。
「面子か」
くだらない、とウィリアムは嘆息をつく。
面子の為に車両という損失を出してまで、勝てない相手に挑み続けるという愚行をウィリアムは傭兵として理解が出来なかった。
「関係ない、か。まあいい、さっさと終わらせよう」
速度を緩やかに落としバイクを止め、ウィリアムは隠れているつもりの伏兵へと足を向けて行く。
熱量を失った言葉、続けざまに鳴り響く冗談のような銃声。
草1つ生えず乾いた砂がハラハラと運ばれていくそこは同時に戦場であり、命の象徴である血潮の花が次々と咲いていく。
そして銃声と硝煙を荒野の乾いた風が連れ去り、静寂が場を支配する。
カチカチと鳴る自らの纏うミリタリージャケットのスナップの金属音に、自分の体が震えていることをアリスは理解させられる。
考えが甘かったのかもしれない。
突然与えられた強力な切り札に舞い上がっていた、それがもたらす結末も考えずに。
これが、傭兵。
声にもならない言葉を紡いだアリスは思わず自分の肩を抱き締める。
振るわれる暴力を更なる暴力で駆逐し、争いの火種を戦火で焼き尽くす。
こんな時代だ、命のやり取りを見ないで生きた来た訳ではないが、アリスは目の前で広げられた一方的で殺しの現場など見たことがなかった。
ただ、今まで感じてきたものとは異質の恐怖が、アリスの体を犯し尽くしていくようだった。




