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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Liberator
125/190

Tread The Flood/Dread The Blood 7

 くすんだ銀のバイクが荒野の砂を巻き上げながら進んでいく。

 ウィリアムがアリスを気遣い野宿を避けながら移動しているおかげで最短距離を進めては居ないが、それでもシェアバスを使うよりはずっと速い速度で2人は進んでいた。


 コロニーOdeon(オデオン)から出発して早数日、アリスはウィリアム・ロスチャイルドという男の有用性に気づかされていた。

 茶髪と黒髪という2人の組み合わせはあらゆるところで悪目立ちしてしまい、人買いに付け狙われてしまっていた。

 しかしウィリアムは宿に宿泊する際は部屋を別にするものの、不審者がアリスの部屋へ近づく度に現場に赴いて対処してみせ、その安眠が妨げられる事はなかった。


 護衛としては破格なほどの実力。

 ローズマリーが戦力として派遣したのも頷けるほどの実力を持った傭兵はそれらを簡単にこなしてみせ、そして感謝の1つもアリスに求める事はなかった。


 だからこそアリスは、バイクのハンドルを握るウィリアムの腰に回している腕の力を強めながら考えてしまう。


 もし、あの時この男が居たのならば。


 父と兄は優先して狙われる有色の女である母と自分を逃がすため囮となった。

 しょうがなかった、他に手などなかった。母と自分が残ったところで足手纏いになるだけだった。

 そう理解していても、父と兄を喪った少女の喪失感は未だ癒えることはない。


 歳の離れた兄は少女とは違い父の黒髪を色濃く受け継いでいた。

 幼かったアリスは自身の中途半端な茶よりも美しく見える兄の黒髪を羨ましがり、その度兄を困らせていた。

 そんな美しい黒を持った父と兄を人買いが逃すとは思えなかったが、その身柄が大事なものである以上2人が殺される事だけはない。


 もっとも、脱走したところで着の身着のままで生きていけるほどこの世界は優しくはなく、生きたまま会える可能性が低いのは事実だった。


 生きていてくれるだけでいい、そう思いながらも2人が生きている映像(ヴィジョン)がアリスの頭に描かれる事はない。

 レジスタンス、傭兵、野盗(バンディット)、それらが行き倒れの有色の男を人買いに売らない理由はないのだから。


 そんな事を考えていたアリスの耳に、風に紛れた舌打ちが飛び込んでくる。


「人買いの寄せ集めか、面倒だなクソッタレ」


 ウィリアムの口から漏れた、これまでの道中で聞いた事のない冷たい響きを持った言葉にアリスはビクリと肩を震わせる。

 かつてアリスが感じていた困窮感、リベルタリアと名乗りだしてから久しく忘れていた空気。

 それは苛立たしげな表情を浮かべならがもバイクを運転する男が発する、争いを感じさせるピリピリとした空気だった。


「リベルタリアの嬢ちゃん、悪いけど俺のジャケットのポケットに耳栓が入ってるからそれをつけて、何があっても振り落とされないようにしっかり掴まっててくれ」

「え?」

「戦闘に入る。これまでのお遊びとは違う、本物の命のやり取りだ」


 出来れば避けたかったんだけどね。

 そう言外に付け足すウィリアムの目は、アリスの背筋を凍りつかせるほどの闘争の色を灯していた。


 剣呑な雰囲気に呑まれるようにアリスはウィリアムのジャケットから耳栓を取り出してフードで隠れた耳にそれを付け、体が密着するほどに強くウィリアムの背中にしがみつく。

 コロニーOdeonオデオンから出てからこれまでの道中。敬語を使うの2人の間には軽口の応酬こそあったものの、ウィリアムがスラングを吐いたりこんな冗談を言う事はなかったのだ。


 そしてそれを裏付けるように耳栓越しに聞こえる複数のエンジン音に、精一杯の力を込めたアリスの両腕が力を入れる事によるものとは違う震えを生み出す。


 何が自分を弱くしたのか。


 非戦闘員でしかない少女と母はウィリアムのような戦う為の力など持ち合わせておらず、耳ざとく情報を集めて紛争から逃げるように生きてきた。

 父と兄を失い、決して他人を信じず、泥水を啜るような無様な様を晒しながらも生き抜いてきた。

 盗み、詐欺、恐喝。体を売る以外の汚い事はほとんどやった。戦場の死体は落ちている財布のようなものだった。


 それでも他人を容易に信じず、母と2人だけで過酷な環境を生き抜いてきた。それがアリスにとっての強さだった。



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