Tread The Flood/Dread The Blood 6
「……ロスチャイルドさんって結婚してるんだよね?」
「突然だね。結婚願望でもあるのかい?」
「あたし無言って苦手で。それに女の子なら皆そうじゃない?」
「そういうものなのかい?」
「そういうもんよ」
女性心理を少しも理解していないであろうウィリアムを半眼で睨みながら、今度はウィリアムの妻にアリスは同情する。
先に現地に向かっている彼女はこの男の為に全てを捨てたのだろうか、アリスがそんな事を考えていると件の男は少し悩みながら口を開いた。
「してるというより、してた、かな」
「なにそれ?」
あれだけ綺麗で参謀を務めるほどに聡い人を妻にもらったというのに、この男は何が不満なのだろうか。
ウィリアムの言い分が信じられないアリスの半眼に軽蔑の視線が混じり始める。
ここまでの道のりを来たバイクはたかだか傭兵に手に入れられるようなものではなく、それはアロースミスの貴婦人からの信頼も同じく。
だというのにあまりにも薄情すぎる、もしや意識なく女と結婚するほどに軽い男なのでは、という疑惑がアリスの胸中で鎌首をもたげる。
しかし返された答えは意外なものだった。
「前にくたばり掛けた時、なかなか意識が戻らなくてね。それで俺の目が覚めた時には彼女が書類上で妻になってたんだよ」
「なにそれ!?」
同じ言葉でもアリスは込められた感情の違う言葉を叫んでしまう。
誰もが母のように何度も運命を引き寄せて愛する人間と暮らしてる、なんて事が普通だとは思いはしなかったが、こんな話は初めて聞いた。
「……嫌じゃなかったの?」
「どうだろう。あれだけ綺麗で聡い子だ、たかが傭兵と一緒になる必要はないって思ったのは事実だよ」
「じゃあ奥さんの事、好きじゃないの?」
「そんな事はないよ。彼女が俺の事を想ってくれたのは純粋に嬉しかった、それでも俺の傍に居るって事は危険と共にあるって事だからね」
企業関係者からすれば憎むべき怨敵、野盗に襲われた人々からすれば騒乱の元凶。
アリスの目の前に居るウィリアム・ロスチャイルドという男は怨讐との戦いから逃れる事は出来ない、そういう人間なのだ。
「そんな引き気味だと奥さんに逃げられちゃうんじゃない?」
「そうならない事を祈るよ」
そう苦笑を浮かべながらウィリアムが食器を持って立ち上がる。
「食器はそのまま置いておいてくれれば、明日の朝にでも俺が返しておくよ。明日も結構な距離移動する事になるから、夜更かしはほどほどに」
当然のように食事を終えたウィリアムの背中を見送ったアリスは、ゆっくりと視線をサイドボードに置かれたスープへ移す。
これを完食したと言うのか。
ハッキリ言って食べる気になれない、そんなスープを対峙する事数瞬、アリスは先ほどのウィリアムの行動を思い出した。
「……パンを浸せばいい、のかしら」
きっとパンに味がついており、このスープとあわせるといい塩梅になっているのだろう。
そう考えたアリスはパンを手に取り、1口くらいの大きさに千切ろうとするも固い。あまりにも固い。それこそ成人男性が渾身の力を込めるほどに。
両手で潰そうとしても形すら変わらないその楕円形のパンの少女は恨めしげに睨み付けるも、パンの硬度が変わるはずもなく少女は深い溜息をついた。
「どんな装甲技術よ……」
そう毒づきながらアリスは次からは食べれる物を出す宿にする事を強く進言する事を決め、震える手でスープに挑むのだった。




