Tread The Flood/Dread The Blood 3
「そしてそのような害意を持った組織が和平交渉を受け入れるとは思えません。ならば、勝ち取り奪い取るほかないでしょう」
「ですが! コロニーの戦力は専守防衛が精一杯で!」
「存じておりますわ。ですので、こちらから戦力を派遣させていただきます――交渉役としてわたくしの娘、ローレライ・ロスチャイルドを。そしてリベルタリア様の道中の護衛、そして戦力としてウィリアム・ロスチャイルドを提供させていただきますわ」
無益極まりない思考から復帰したアリスはローズマリーの告げた名に驚愕し、端末に表示された2人の男女に視線を落とす。
ローレライ・ロスチャイルドという女は企業を壊滅した襲撃戦を扇動した参謀であり、同時に大多数の人間を1人の男の為に戦いへ引きずり込んだ売女と呼ばれていた。
そしてウィリアム・ロスチャイルドはかつてコロニーを企業の尖兵から救い、企業の機動兵器を単身撃破し、企業そのものを壊滅に追いやった傭兵であり、最後の襲撃では裏切った友軍すら壊滅に追いやった野獣と呼ばれていた。
聞いたことのある2人の名前に驚愕しつつも、少女はその戦力提供を手放しで喜ぶ事は出来ない。
手札に加えるには最上級のものであることを理解しているが、それ以上に懸念が多すぎるのだ。
足されるであろう人件費、裏切らないとは限らない参謀、そして裏切らない限り裏切る事はないがそのボーダーラインを知らない傭兵。
そして何より民間軍事企業アヴェンジャーは決して安い報酬では動かず、戦闘以外の全てをローレライ・ロスチャイルドが牛耳っているワンマンカンパニーだった。
どれ1つを取ってもLibertaliaの致命傷になりえるものだった。
「こちらのプランとしてはわたくしの娘に和平交渉を持ちかけさせ、それで済むのならばそれで良し。戦闘となるのであれば義息に全てを片付けさせ、相手が和平交渉を受けるのであればそれを改めて娘に締結させるというものになりますわ」
立派なプランだ、お金さえあれば。
アリスは衝動に身を任すように文字通り頭を抱える。
ローズマリー・アロースミス1人を賄うのでさえコロニー中からの献金によって賄ったのだ。それを更に2人の分を用意する事など出来わけがない。
「すいません、2人分の人件費を払う事は――」
「不要ですわ」
「……はい?」
何度目かの自らの間抜けな声に恥じらいながらも、アリスは自らの発言を遮るローズマリーの言葉に更なる困惑に叩き落される。
高額な報酬を要求する民間軍事企業アヴェンジャーと交渉屋に繋がりがあるのは教えられていたが、だからといって一流の傭兵がただで雇える理由などあるわけがない。
それこそ、Libertaliaに住まう有色の人々を財源としてみていない限り。
「わたくしが口を利きますので、それらに関してもご心配は無用ですわ。何もかも2人のは自業自得ですので」
「自業自得、ですか?」
「ええ、自らの行いの責任を取らせるのは当然の事ですわ。それに野盗の物資を回収させるなりして自分の儲けは自分で作らせますので、手を抜かれるというご心配も無用ですわ」
聞けば聞くほどに魅力的なそのプランをどうしたものかとアリスは悩み始める。
こちらの要望通り交渉は行われ、その上自らの護衛と戦力として有名な傭兵が無料で付けられる。
しかしその優秀な傭兵が裏切らないというにはアリスはアヴェンジャーの事を知らず、裏切られた際にLibertaliaの戦力では対応する事は出来ないだろう。
アヴェンジャーは企業を壊滅に追いやった2人組であり、Libertaliaの多くは企業から逃げ続けた人々なのだから。
だからこそ、縋れるものも他にはなかった。
「どうぞ、よろしくお願いします」
「承りました、こちらこそよろしくお願いいたします」
頭を垂れるアリスにローズマリーは微笑を浮かべ、近くで待機していた侍女を呼び寄せた。
「では義息を最高速でこちらへ呼び寄せますので、それまで我が屋敷でどうぞごゆるりと」
笑顔で告げられたその言葉に目下増えてしまった懸念に眩暈を感じながら、少女はすっかり温くなってしまった紅茶を口に運んだ。
やはり、落ち着かない。
そんな事など知らぬとばかりに芳醇な香りを上らせるダージリンに、アリスは今度こそ顔を引きつらせた。




