Tread The Flood/Dread The Blood 2
「野盗утешение……企業の兵器を多く保有している野盗でしたわね」
顎に手をやりながらそう呟くローズマリーに少女は頷く事で応える。
野盗утешениеは企業が壊滅し、整備が出来なくり姿を消していった機動兵器の残存する全てを保有する組織だった。
機動兵器に対して戦闘車両に搭載出来る大型の銃火器が有効なのは周知の事実だが、暗闇から現れた毒々しい色のワンオフ機を見てしまった瞬間にコロニーの人間達の心は折られてしまった。
「コロニーの戦力はこうしている間にも疲弊しているんです。でもただ全てを奪われる訳にはいきません」
母は義父を喪ったショックにより倒れ、義兄は父の代理を務め多忙の中に沈んだ。
義父の代理である義兄は自分の代理として、義妹であるアリスを使者として派遣したのだ。
「どうぞ、お力をお貸しください」
そう言いながらアリスは頭を下げ、じっとカーペットの柄を見やりながらローズマリーの言葉を待った。
しかし返されない返事に少女の心中に不安が押し寄せてくる。
Libertaliaが自分の恥部を晒してでもアリスを派遣したのは、それ以外の道がなかったから。その道すら失われてしまえばLibertaliaは何もかもを失ってしまうだろう。
アリスは焦燥を誤魔化すように生唾を飲み込む。
自らがコロニー代表としてアロースミスに訪れる事が決まり、出発するまでの間必死に練習したこの文句を世話役のサーシャは完璧だと言っていてくれた。
想ってくれているからこそ、厳しい世話役の教えが無駄となってしまえばアリスに他の手はない。
やがて膠着した状況に堪えかねたアリスが顔を上げると、そこにはこちらに目をやることもなくただ虚空を睨みつけているローズマリーが居た。
「アロースミス様?」
まさか、本当に断るつもりか。
そんな意思を込めた言葉を紡ぎながらアリスの心中には焦りが生まれる。
しかし権謀術数のプロフェッショナルである交渉屋を口で御せるほどアリスは聡くはなく、世話役の彼女ですら想定していなかった。
血液が凍り付いていくような悪寒に包まれながら少女は既に限界額である報酬の上乗せを考えるが、この美しいオフィス兼屋敷を持つアロースミスに自身らが出せる金額などはした金でしかないだろう。
「ああ、お待たせして申し訳ありませんでした」
青くなっていく少女の顔色の推移にようやく気づいたのか、ローズマリーはそう一言アリスに詫びを入れて薔薇が描かれたカップの紅茶を一口啜る。
泣きながらすがり付いて土下座。やった事もやった人も知らないそんな流れを考えていたアリスの端末に、いくつかのデータが転送される。
そのデータにはローズマリーとは違う硬質な美しさを放つ金髪碧眼の若い女と、左目を灰色の布で覆った黒髪の男、それぞれの名前と写真が添付されていた。
「今回の交渉はわたくしの娘に向かわせますわ」
「え?」
自分でも呆れるほどに気の抜けた声を出しながら、少女は依頼を受けてもらえた事喜びとローズマリーが交渉に参加しない事実に驚愕していた。
「あ、あの依頼額が足りなかったりとか、そういうことだったりとか……」
「ああ、申し訳ありません。説明不足でしたわね」
狼狽する少女を他所にローズマリーは端末に地図などの情報を次々と表示させていく。
「わたくしが行かずに娘を行かせるのは依頼額が足りない、面倒、そういった理由ではなく、わたくしが足手纏いになりかねないからですわ」
「足手纏い、ですか?」
「ええ。ハッキリ言って今回の交渉は、宣戦布告と戦後処理が中心になるかと」
今何と言った?
ブラウンの瞳の目を驚愕のあまり見開くアリスを意図的に無視して、ローズマリーは淡々と説明を続ける。
「こちらからの交渉を持ちかけるという事は相手からすれば宣戦布告を告げられているようなもの。害そうとしている獲物の1人がのこのこと姿を現せば、でしょう?」
「そんな状況に娘さんを送り出していいんですか?」
「ええ、アレは見た目ほどヤワではなくてよ。何よりわたくしの鈍重な体は戦場ではただの土嚢にもなりませんわ」
土嚢にもならないと言ってみせたローズマリーの言葉を受けたアリスはさりげなく自分の体を見下ろす。
ストンとと視線が落ちるほどに平ら、であれば良かったのに少女の体はどことなく抉れていた。出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいるローズマリーとは真逆と言ってもいいほどに。
この世の理不尽さにどことなく顔立ちの作りが違う少女は必死に引きつりそうになる表情筋に抗う。
東洋人がルーツの自分と白人のローズマリーとは体のつくりが違うのは理解している。それでも1人の女としてのプライドがアリスに抗えと囁くのだ。
まだ私は成長期、そんな便利な言葉と共に。




