She Roll Dice/He Role Vice 5
「しかし、引っ掛かる事があるんだ」
その言葉を聞き、訝しげな顔をするローレライにアドルフが続ける。
「このコロニーの財産や人の記憶が目的であったり、ただ単に目障りで消しに来たのであれば何故機動兵器が1台きりなんだ?」
財産や記憶を奪いに来たのであれば圧倒的な兵力を見せつけ蹂躙してから奪う方が彼らの好みのはずだ。
なら何故たった1台なのか。
2台の戦闘車両を破壊した後、何故まだ戦闘車両が数台ある可能性もあるというのに、応援を呼ばないというのは舐め過ぎではないだろうか?
「我々が遊ばれているというだけではありませんの?」
「だとしたら尚更だよ。アレは限界まで戦争というゲームで遊び、その上で勝利したいという子供の感情が組織になったような物だ。奴等にとってこの状況はとても面白くないはず」
アドルフが紡ぐ言葉を理解し、理解してしまったからこそローレライは困惑を深める。
BIG-Cは過去の傭兵の活躍により、私兵集団の襲撃を長く受けてこなかった。
アドルフにとって当然でも、ローレライを初めとするBIG-Cの人間達にとっては知らぬことばかりだったのだ。
私兵部隊とそれを所有する企業はその思考の果てに「過剰な戦力を注ぎ、その上で躍らせて勝つ」という歪な理念を持っていた。
だというのに過去に1度敗北しているこのBIG-Cに対して、この戦力の薄さはあまりにも奇妙だ。
嫌な予感からアドルフは、ガンホルダーに納まっているハンドキャノンへと視線をやる。
嫌な予感がぬぐえないのだ。エフレーモフのロケットランチャーごときでは比較対照にならないほどの。
奴等にはいつもと違う目的がある気がする。
いつもなら最悪の状況が想像できるのに、今は何も浮かばない。アドルフにはそれがとても不気味に感じた。
しかしアドルフは確証の無い事を話すつもりは無く、注意だけは喚起する事にした。
「何があってもおかしくはない。状況が動き次第必ず教えてくれ」
眼帯の男はそう言いながら、ローレライにバイクへ乗るように促す。
BIG-Cではなく、アロースミス家の雇われたその時からアドルフの優先順位は決まっていた。
傭兵最後の仕事でこうなるとは思わなかったが、状況は動き続けている。
それが傾いてしまえば、出来る事は1つしかない。
それがたとえ、少女やその他大勢に対する裏切りであったとしても。
ローレライがシートに跨り、自身の腰にその華奢な腕を回されたのを確認したアドルフはバイクを走らせ始める。
観測手なし、狙撃ポイントなし、援護なし。
その孤立無援の状況下で護衛対象を守りながら、敵戦力の駆逐と見方の脱出支援を続けなければらない。
アドルフがそんな自身の状況下に嘆息していると、遥か遠くから何かが炸裂する轟音が撒き散らされた。
訪れる可能性が高い爆風から逃れるようにバイクは路地へと進み、やがてローレライの端末から声が漏れ出した。
『――ス指令! アロースミス指令! こちら戦闘車両部隊!』
「こちらアロースミス、どうなさいまして?」
端末越しに張上げられる声に顔を強張らせながら、ローレライは通信に応じる。
成功からの歓喜、失敗からの恐慌。その端末越しの声はどちらとも取れたのだ。
防衛部隊の全滅すら濃厚に感じられる状況に、ローレライが体を強張らしていると端末越しの男は大声を張上げる。
『敵機動兵器の破壊に成功しました! やりましたよ俺達!』
「よくやってくださいましたわ!」
戦闘車両部隊の男の興奮した声に同調するように、ローレライは喜色をあふれ出させる。
実弾であるグレネードキャノンとエネルギーをチャージする必要がある粒子砲では、やはり実弾の砲が早かったのだろう。
しかしアドルフは警戒を緩めぬまま、ローレライへと視線もやらずに口を開く。
「戦闘車両部隊に破壊した機動兵器に何かおかしな物がないか至急確認させてくれ。望遠レンズくらいはついているはずだ」
分かりやすい勝利を得たというのに、眼帯の男の少し焦っているような態度。
その記憶にない眼帯の男の態度に首をかしげながらも、ローレライはアドルフの望みに応えることにした。
「戦闘車両部隊、敵機動兵器の残骸におかしなものはなくて?」
『おかしなもの……ですか? グレネードで中まで燃えてま――』
ローレライの言葉に訝しげに返しながら、戦闘車両部隊の男が沈黙する。
企業の機動兵器はBIG-Cに引き篭もり続けた人々にとって未知の技術に近い。
しかしそれでも戦闘車両部隊の男は奇妙なものを見つけた。
グレネードによって中まで燃やされた機動兵器。
何もかもを破壊し続けたはずのそれに、ありえない現象がおきていたのだ。
『いや……何か……赤いランプが点灯して――』
「逃げろ、全員今すぐだ」
そう戦闘車両部隊の男の言葉を遮ったアドルフはバイクの速度を一気に上げる。
「ど、どうしましたの!?」
振り下ろされそうになったローレライは、必死にアドルフにしがみつきながら声を張り上げる。
ローレライは赤いランプの装置を、有事の際の記録用のブラックボックスだと仮定していた。
吐いて捨てて、なお余る人と比べて機動兵器の数は潤沢とは言えず、稼動記録を重視する事くらいは理解出来るのだから。
しかしアドルフはバイカーズバッグにアンチマテリアルライフルを押し込み、怒鳴り声を上げる。
「撤退指示を出せ! 至急残っている全員に持ち場を放棄させ、なるべく遠くへ逃げるように命令しろ!」
「ならその理由を説明なさい! 適当な事を言えば皆を混乱させてしまいますわ!」
得たばかりの勝利を覆すアドルフの唐突な言葉に、ローレライは思わず怒鳴り返してしまう。
ローレライはアドルフを信じていたが、指揮官である以上理由を知らなければならない義務があるのだ。
「罠だ! 奴等の目的は戦力をこの場に残しておく事だったんだよ!」
ローレライの問い掛けに怒鳴り声で返しながら、アドルフは路地をバイクで駆け抜けていく。
こんなパターンは今までになく、気付けたことすらアドルフには奇跡のように思えていた。
「あの赤いランプの端末は、状況の変化を他の部隊に伝えるための通信媒体だ! 奴等の目的は、おそらくあの戦況をひっくり返せるレベルの機動兵器のテスト!」
その怒鳴り声をかき消すような、落雷のような低く響き渡る轟音。
アドルフとローレライがそれに導かれるように空を見上げると、雲とガスに覆われた灰色の空気を切り裂いて大型の何かが姿を現した。
巨大な翼、円筒型のタービン、流線型の巨躯。
それは旧時代の大型爆撃機だった。
「あんなの見た事ねえぞクソッタレ! ローラの嬢ちゃんは早く全員に退却させろ!」
「は、はい!」
初めて見たその旧時代の兵器に呆然としていたローレライは、アドルフの怒鳴り声に我に帰る。
戦闘車両でもアンチマテリアルライフルでも歯が立たないそれが出てきてしまった以上、ローレライ達BIG-Cの人間達に選択肢など存在しなかった。
「至急、なるべく遠くまで撤退してください! 敵が大規模な空爆を仕掛けてきます!」
ローレライはその返事も受諾せず、ただ一方的に全部隊に撤退勧告を繰り返す。
考えもしなかった。そんな発想すらなかった。
バイクや車が貴重品であるこの世で空を飛ぶ乗り物など、資産を持つ者達の中でも一握りの人間達の移動手段でしかないと思っていた。
それを兵器に転換するなんて思っても見なかった。
悔しさと虚しさと胸に湧き出し、アドルフと企業への理不尽な怒りがこみ上げてくる。
その日、ローレライ・アロースミスとBIG-Cの住民達は故郷を失った。