Kneel A Craze/Feel A Blaze 4
彼とレジスタンス達が出て行ってから何時間経ったのだろうか。
どうにも辛抱弱くなった自分に苦笑したメリッサは、ささやかな朝日が差し込むリビングで管理を任されたアタッシュケースの縁を指先でなぞる。
絶対に手放してはいけないとても大切なもの。
中身こそ知らないが、そのエイブラハムの言葉にメリッサは質量のない重さを感じていてた。
静寂に耐え切れないとばかりメリッサは深いため息をつく。
襲撃部隊を乗せた車両のエンジン音はとうに聞こえなくなり、見送りに来ていた非戦闘員達はもう誰も外には出ておらず拠点自体が眠ったように錯覚しそうな静かな夜。
あとは待っているだけでいい。そう理解していてもメリッサは不安でしょうがないのだ。
レジスタンスStrangerの大半が住まい、企業の機動兵器クロム・ヒステリアに襲撃されたコロニーSheffieは、コロニーBIG-Cのように特別な何かがあるコロニーではなかった。
ならばなぜそんな弱小コロニーが企業に目を付けられたのか。
それはスチュワート率いる部隊が弱小コロニーやレジスタンスを襲撃し略奪を繰り返し、獲物を横取りされ腹を立てた企業の矛先が向いただけといいうただの自業自得だった。
そしてそれを先導したイーノスは保身と襲撃に関しては天才とも言える手腕を発揮し、コロニーと足を失った今もリーダーとして君臨していた。
メリッサはイーノスが気に入らなかった。
そのやり口も、考え方も、親子を切り離したその事実も。
企業壊滅戦の切り札であり、離反を犯したレジスタンスを殲滅して父を無事に生還させてくれたウィリアム・ロスチャイルドは行方不明となった。
その事を考えてしまえば、誰が誰を裏切ってもおかしくはないのだ。
Strangerがエイブラハムを裏切って凶行に及ぶかもしれない。
父がエイブラハムの逆鱗に触れて今度こそ殺されるかもしれない。
エイブラハムが、足手纏いとなる自分達を捨ててしまうかもしれない。
ありえないとその考えをかなぐり捨てたメリッサは、不安から震えた体を抱き締める。
白銀の太刀だけで戦場を渡り歩いてきたエイブラハムにナイトメアズ・シャドウは必要不可欠なものではないが、捨てるくらいならアンジェリカ達を最初から拾わなかったはずなのだから。
「今夜は、眠れないわね」
不安を紛らわすように苦笑し、メリッサは紅茶でも淹れようかと立ち上がる。
エイブラハムのように上手くは淹れられないが、出来る事なら美味い紅茶で迎え入れてあげたい。彼の帰るべき場所でありたい。
戦う事は出来ないメリッサにはそうある事でしか、自分を救い出してくれたエイブラハムに報いる事は出来ないのだから。
しかしそんなメリッサの意思を嘲笑うように突然朝方の静寂が破られ、決して頑丈とは言い難い家屋が大きく揺れる。
エイブラハムに贈り物の品々は床へと散乱し、メリッサは床を這うようにして寝室へと近付いていく。
メリッサとエイブラハムはアンジェリカがぐずってしまわないよう、出撃前にアンジェリカを寝かしつけていたのだ。
何よりメリッサはその揺れの正体に半ば気付いていた。
エイブラハムの温もりに初めて触れたあの時、守られる事の幸福さを思い知らされたあの時に出会った漆黒の影だと。
そしてアンジェリカが寝ているはずの寝室のドアを開いたメリッサは再び邂逅する。
屋根や壁を破壊して現れた漆黒の暴力を受け入れるように、そして助けを請うようにアンジェリカは両手を広げる。
やめろ、連れて行くな、とメリッサは手を伸ばして必死に追い縋ろうとする。
しかし白銀の髪をささやな朝日に煌めかせたアンジェリカはどこか申しわけなさそうに眉を寄せ、漆黒の鍵爪の生えた手に乗って背部のコンテナへと乗り込んでしまう。
2度目の光景にメリッサは抜けてしまった腰を無理矢理奮い立たせて、壁に背を預けながらナイトメアズ・シャドウへと手を伸ばす。
どれだけ無様であっても、アンジェリカが自分の意思でそれを起動させたのだとしても、メリッサはアンジェリカを止めなければならない。
今でも思い出せるのだ。
辛そうに顔を歪めるエイブラハムとその胸に抱かれた儚い少女の姿を。
だがそれでもナイトメアズ・シャドウはメリッサを傷付けてしまわないようにゆっくりと離れるなり、青白い炎を背に灯して走り去ってしまう。
メリッサが止めなければならない理由があるように、アンジェリカにも行かなければならない理由があった。
「ダメ! アンジェちゃん!」
メリッサのその悲痛な声は漆黒の装甲を纏うアンジェリカに届く事はなく、乱暴な起こされ方をした拠点に虚しく響き渡った。




