Kneel A Craze/Feel A Blaze 2
「お久しぶりですね、屍食者。お招きいただき光栄です、とでも言えばよろしいのでしょうか?」
「構わんさ、比類なき白。あの黒髪の類人猿ごときに後れを取ったのは気に入らないが、こうなってしまえば我々に選択肢などはない。我々は幕を降ろす為の役者でしかなくなってしまったのだからな」
灰色の髪と髭を乱雑に伸ばした老人、屍食者グレン・ストロムブラードは嘆息混じりの言葉を吐き捨てる。
その言葉には刺々しい響きがあり、エイブラハムに苛立ちを感じさせていた。
「申し訳ありませんが、その前にお尋ねしたい事があります」
「……まさかとは思って居たがそういう事か。シモン坊やもあの若造もよく読みきったものだ」
そのエイブラハムの言葉を聞いた瞬間、屍食者の訝しげな表情は怒りと失望に染まったものに変わる。
深い皺が刻まれた顔に憤怒が赤く染まりだし、ガルム達はその巨体で臨戦態勢を取る。
「これも、脚本通りと言う事ですか?」
「そうだ。最高傑作のお前が機動兵器がなければ無価値な小娘に入れ込み、アレを救うために私を訪ねるという筋書きだ。人の情にでも目覚めたというのか、くだらないぞ比類なき白」
屍食者は最強の兵器、自身が手がけた終焉者に入れ込んでいた。その作品の愚かな行いにとめどない苛立ちが溢れ出していた。
自らの作品とはいえ機動兵器がなければ不完全な欠陥品。
そう評するシャドウ・ブレインに最高傑作と評していがエイブラハムが入れ込んでいる事実が、ストロムブラードには気に入らないのだ。
「あのデバイスの事なら先に教えておいてやろう。あの接続口はメモリーサッカーの差込頻度を考えて脳にしっかりと施工している。朽ち果てるまで外れる事はないだろう」
「あなたなら外せるのでは?」
「不可能だ。壊殺者や刀傷者の小僧共のデバイスと一緒にするな。吹聴者すら凌駕する情報処理能力を持った素体の脳をいじり、接続口を付けてソフトを格納した。外す事は何があっても不可能、もっとも外してやる事もありえんがな」
これで満足か? と付け足された言葉にエイブラハムは自分の思惑が潰えた事を理解する。
アンジェがあの耳から開放される事はない。
言い様のない悲しみがエイブラハムの胸中を支配し出すも、ストロムブラードの怒りは治まる事を知らない。
「しかし、どういうつもりだ比類なき白。以前のお前であれば、あのような出来損ないのためにこんな愚かな選択はしなかっただろう」
「何を言うかと思えば。そちらがナイトメアズ・シャドウとあの子を欲したからこんな面倒な事になったんでしょうが」
「……なるほど。吹聴者が撒き散らした情報に乗るしかなかったのが復讐者、分かってて乗ったのが終焉者。ああ、面倒だ。そして不愉快だ。何が演目:終末劇だ、人類の進化においていかれた類人猿共に何が分かるというのか――そして紛い物、お前は特に最悪だ」
退色した人間特有の精神の脆さからか、感情を失ったように屍食者が紡ぐ恨み言にガルム達は牙を剥き唸り声を上げ始める。
そしてエイブラハムもアンジェリカの耳を除去出来ないと分かってしまえば、ストロムブラードを生かしておく必要がない。それどころか、アンジェにとっての害になりえる存在を殺さなければならない。
エイブラハムは意識内のアクセルを踏み込み、意識を戦闘状態まで移行させた。
「実験は失敗だ、そして失敗作の処理は我らの仕事だ」
そう言ってストロムブラードは枯れ枝のように細い右腕を上げ、エイブラハムは右手を白銀の太刀の柄に掛ける。
復讐者と殲滅者と壊殺者を除けば配役持ちの精鋭同士が戦った記録はない。
一定の実力を持った強者同士の戦いは周りを巻き込みながら、お互いを殺してしまう。その結末は企業の敵対者以外望む者はおらず、抑止力として企業は役割とこの時代において最上級の待遇を施した。
しかし、その均衡が今崩された。
「屍食者、捕食を開始する」
振り下ろされたストロムブラードの右腕に応じるように3体のガルムがエイブラハムに殺到する。
巨体に見合わぬ速度で迫るガルムにエイブラハムは動じる事もなく、銀光が瞬いたとしか知覚出来ない速度の抜刀で1体目のガルムの頭部を上下に切り分ける。
脳と体が切断され、ただの肉塊と化したガルムが地面に落ちるより早く、振りぬいた右腕に握る白銀の太刀を2体目のガルムの大きく開かれた口に勢い良く突き出し、その肉体に内包される内臓を刺し貫く。
たとえどれだけガルムの進行速度が速かったとしても描く軌跡がシンプルなものである限り、戦う為の体を持つエイブラハムを仕留める事は出来ない。
3体目のガルムの牙と爪を半身になって回避し、エイブラハムはフリーになっている左手の人差し指と中指をガルムの左の眼球に突き入れる。
眼球を失ったガルムが挙げる悲鳴のような咆哮と、左手を伝うガルムの体液に不愉快そうな表情を浮かべながらエイブラハムはそのままガルムの頭蓋骨を掴んで壁に叩きつける。
叩きつけられ潰れたガルムの血液が岩肌のままの壁を染めていくその光景を意にも介さず、巨鳥の生体兵器、ヴェズルフェルニルが巨大な羽を広げてエイブラハムへ向かってくる。
深々と刺し貫かれたガルムの死体から白銀の太刀を引き抜きながら、エイブラハムは過去に閲覧したヴェズルフェルニルのデータを脳裏に描く。
オルタナティヴによって強化された筋肉、それによって繰り出される合金の嘴と爪。人にはない鋭利な暴力を。




