She Roll Dice/He Role Vice 4
「到着だ。俺は周囲の警戒に移るよ」
思考から回帰したローレライは、その言葉に頷いて西の防衛部隊の司令部へと向かう。
配置されている防衛部隊の隊員達の目は生気を失い、絶望に染まる顔は一様にうなだれていた。
そのただ呆然と立ち続けている隊員達をかき分け、ローレライは目的の人物を見つける。
年齢による退色を始めたサンディブロンド。
戦場にありながら、近くて遠い死を感じさせるような薄汚れたフロックスタイルの衣服。
その男はチャールズの親友であり、防衛部隊大隊長の1人であるトニー・ルーサムだった。
「ルーサム卿、隊が乱れていますわ! 今すぐに陣形を立て直してくださって!」
「ああ……チャールズの娘か……」
声を張り上げるローレライに、ルーサムは諦観が滲み出した目を向ける。
ルーサムは優秀な部隊長であり、同時に敗北の匂いに敏感な人間であった。
先のBIG-C防衛戦では最善ではないと理解しながらも愚直な戦いを繰り返し、自らの部下達と、娘の伴侶である歩兵を失ってしまった。
その頃からルーサム卿は敗北の匂いに敏感になっていたのだ。
「最早手遅れだろう。余す事無くお前の指揮が通っているはず、だが結果はこの様だ……」
「それはわたくしが防衛部隊が支持されていないからですわ! ルーサム卿が命令を下せば状況は変わるはずでしてよ!」
「どうだかな、皆恐れている。東の惨状に、機動兵器に、戦闘車両すら居ないこの戦況に」
「確かにそれはもう起こってしまった事ですわ! だから先の防衛戦の英雄であるお兄さんを連れて戻り、生存率の高い敗走戦に切り替えましてよ!」
「それであの傭兵の小僧にまた重荷を背負わせるのか?」
ルーサムはそう言いながら肩を竦める。
ローレライはまだ自分が成果を出せている訳ではない若者である事を理解し、ルーサムは斜に構えた思考を戻すことが出来ない。
過去に自分の指示で息子となる人間を死なせた。
もう二度とあんな責任を取れないような事は御免だと、無責任な諦観がその身を重く縛り付けているのだ。
「……そうですわ。我々が弱く、無知であるからこそお兄さんに頼らなければなりませんの。だからこそ考えていただきたくてよ。ここで西の防衛部隊がそれぞれ勝手に撤退を始めてしまえば、防衛部隊の兵士達もお兄さんも生存率が下がってしまいますわ」
「そんな事は分かって――」
「いいえ、ルーサム卿は何も分かっていませんわ。ここで我々が戦う事をやめてしまうということは、家族を見捨てるということなんでしてよ?」
自身の言葉を遮るローレライに、ルーサムは思わず険しい視線を送ってしまう。
北の防衛部隊が勝利を諦めながらもこの場に残り続けているのは、脱出した人々から自身らへと視線を向けさせるため。
その中に含まれて居る1人娘、サビナ・ルーサムのためにルーサムは部下を死なせる。
あくまでその役割を果たしている自身らは、突然現れて命令を下したローレライに言われる筋合いはない。
死に向かう事への諦観と部下達を死なせる無念に染まる、ルーサムの青みがかった瞳はそう言わんばかりにローレライに向けられていた。
「陣を立て直せば、彼らが生き残れるとでも?」
「ええ、我々の勝利は1人でも多い生還ですわ。わたくしはあなたにも皆にも死んでほしくありませんの、そのためであればどんな手でも使ってみせますわ」
「……なるほど、小僧の入れ知恵か」
「あら、気に入らなくて?」
「いや、奴も多少は利口になったようだ。お前に我々を論破させる程度にはな」
今までの理解の行かなかった全てに納得したように、ルーサムは深いため息をつく。
BIG-Cの大人達ではその発想に至る事はなく、人とは違う教育を受けてきたローレライであっても故郷を捨てる決心は出来なかっただろう。
だからこそ、兵達はそれを理解出来ずにこうした恐慌状態に陥っているのだが。
「やってはみるが期待するな。私とて冷静な判断が出来る状態ではない、兵達にそれを求めるのは酷だ」
「ですがそれがルーサム卿の仕事でしてよ。サビナのためにも、卿には生き残っていただきますわ」
得意げにそう告げてくる親友の娘に、ルーサムは再度ため息をつかされてしまう。
早い内に母を病気で亡くし、仕事で忙しい自身と2人で暮らしていた寂しい思いをさせてしまった娘。
そんな娘の伴侶を1人死なせて、もう1人の娘が変わる切欠となってくれた傭兵の男を死なせたとあれば娘はどんな顔をするだろうか。
何よりあの時決めたはずだ。
また娘が自分の元から旅立つと決める時まで守り通して見せると。
その事を考えてしまえば、ルーサムは面倒だとばかりに深いため息をつきながら、ポケットの中の端末へと手を伸ばす以外何も出来なかった。
その様子を見届けたローレライは一礼をして、来た道を引き返す。
時間にしてたった数分。それでも父ほどに歳が離れたルーサムとの会話は、ローレライに疲労感と達成感を感じさせていた。
「お疲れ様。結果は――聞くまでもないか」
歩み寄ってくるローレライの表情に確信めいた物を感じたのか、アドルフは口角を歪めて肩を竦める。
コンバットブーツの足元には大きな薬莢が散乱しており、アドルフは観測手も居ない状況で狙撃を繰り返していた事をローレライに理解させる。
その実力を見誤っていたつもりはない。
しかしアドルフの能力は片目を失った人間のものとは思えないほどだった。
「お兄さんのおかげですわ、わたくしだけではどうにもならなかったでしょう」
「そいつは良かった、代金分の役割は果たせたかな」
「気が早くてよ。ですがこの調子なら撤退の頃合を見誤る事もないでしょう。そろそろ部隊のいくつかが残弾不足を訴えてくるでしょうし、私達は改めて各所の援護に――」
『こちら戦闘車両部隊。目標の機動兵器を補足、これより交戦に入る』
どこか気安い2人の会話を遮る端末から漏れ出した声。
何かを求めるようにローレライは、透き通るような碧眼をアドルフの灰色がかった黒い瞳に向ける。
何もかもが口は得た世界で、より強く残された色素。
しかしアドルフはアンチマテリアルライフルを担ぎ、その視線を受け止めるだけでローレライの望むものは何も返してはくれない。
自分で決めろ。
そう言わんばかりのアドルフの態度に、ローレライは意を決したように口を開いた。
「……了解、検討を祈りますわ」
端末越しに健闘祈りながら、ローレライは再度問いかけるようにアドルフへと視線をやる。
彼らには勝ってもらわなければならない。
そんなローレライの意思を感じたのか、アドルフは深いため息をついた。
「機動兵器同士の戦闘は先に補足した方の勝率が高い。お互いに高威力兵器を積んでいるにも関わらず、8つ足タイプの脚部自体の金属強度が低いからね。だから先に一撃を打ち込んでさえしまえば」
「勝てる、とおっしゃいますの?」
「可能性はあるよ。相手はチャージに時間のかかる粒子砲が主兵装みたいだし。視認したあのタイプの機動兵器であれば、最低でも機動部くらいは潰せるだろう」
しかし油断はしないで欲しい。アドルフは言外にそう付け足しながらバイクに跨る。
私兵集団の歩兵に比べ、1握りほどしか居ない機動兵器を扱う人間達の使う武装の理念は攻撃に偏ったものだ。
前線の味方をフレンドリーファイアしようと、それ以上の敵を葬れれば構わないと兵器で粒子砲を使い、敵を消し飛ばす。
死ぬ寸前の敵に対してMEMORY SUCKER.を使うのは主に歩兵の仕事なので、それと関係ない彼らだからこそ平気で出来る考えだった。
彼らにとって戦争は自らの破壊願望を叶える為の物でしかない。
歩兵に多くの敵を取られてしまう前に少しでも早く動けるように装甲は薄く、その結果状況によっては一握りではあるが傭兵でも破壊する事が出来るレベルの物だったのだ。




