【5】
二人に連れていかれたのは大通りよりちょっと奥まったところにある、NPC経営の武具店だった。なんでこんなところの店に来たかと聞くと、ここは他の武具店より武具が安いそうだ。それは俺もうれしい話だった。なんせ、βから始めてない俺は持っているお金――この世界ではJと呼ぶそうだ――が千ぽっきりしかない。まあ、大体それで初期の武装は変えるそうだが。
「スノウお姉ちゃんは、どっちにするの?」
「どっちって?」
「だって、剣と刀の両方が装備できるんだよね?」
そうだった。俺のスキル【剣刀二刀流】は剣と刀の二つ武器を装備できるようにする。
「じゃあ、剣にしようかな。剣のほうが最初は使いやすそうだし」
「その方がいいよ」
アクアも賛成してくれたので、剣を買った。名は【初心者の剣】とそのまんまだった。とりあえず背中に装備してみた。意外と重みがある。でも、そんなには重くないので振り回されないだろう。
アクアを見てみると軽装鎧と俺の剣より良いそうな剣を腰に装備していた。ついでに盾も右手に装備している。アクアは左利きなのだ。
「その剣は?」
「ん? これ? これはスティールソードだよ。アイアン製の剣より軽いから扱いやすいんだよ」
「へー」
「準備できた?」
そこへいつの間にかラブリ姉さんがやってきた。手には木製の杖――ロッドというやつだ――と藍色のローブを着ていた。
「待ってスノウお姉ちゃんの防具が決まってない」
「それじゃあ、これなんか。どう?」
そういってラブリ姉さんはトレード画面を出した。俺のトレード画面に移されたのは、結構いい防具だった。名前は、【黒のロングコート】。名前そのままの防具ぽかった。ステータスを見てみると意外と防御力が高かった。でも、俺の長い銀髪に黒いロングコートって。
「いいの? これ高いんじゃない?」
「いいのよ。私からのプレゼント」
「でも……」
「いいから、受け取って」
ちょっと無理やりだが、せっかくのラブリ姉さんからのプレゼントだ。受け取っておこう。俺も、防具代が節約できてうれしい。
ロングコートを装備しようとしたら、武器の欄にエラーが出ていた。ロングコートを装備してから見てみると、このままではアーツが使えませんと書かれている。それでスキルを見てみると【剣刀二刀流】の欄に新たな説明が追加されていた。
【剣刀二刀流】
レアリティ:RR
アビリティ:剣と刀の二つを装備可能とする。スキルレベルが上がるごとに装備できる武器のランクがアップする。スキル装備中は剣及び刀武器のダメージ補正がかかる。ただし、このスキルを装備しているときは剣と刀の二つを装備しないとアーツが使えない。
「げ」
「どうしたのスノウお姉ちゃん?」
俺がスキル画面を見ながら固まったのが心配なのか、アクアが聞いてきた。
「いや、俺のスキル、剣と刀の二つを装備しないとアーツが使えないらしいんだ」
「え? そうなの?」
「ああ、じゃあ買ってくる」
俺は慌てて、刀を買ったもちろん【初心者の刀】という名前の一番安い刀だ。腰に装備すると、エラーが取れる。このスキルは普通の二倍金がかかるらしい。なんせ、普通は一つの武器スキルしかとらないからだ。
「買ってきた」
「ん。でも、スノウお姉ちゃんポーションとかのお金ある?」
「二、三個なら買えるだろう」
「うーん。それだとちょっと足りなさそうだけど」
「まあ、どうにかなるだろう」
「じゃあ、ポーションを買って、フィールドに行きましょうか」
ラブリ姉さんの提案にアクアと俺は同時に頷いた。
これまた、βの時に見つけたらしい安い雑貨屋に行きポーションを買う。それで、俺のJはほぼすっからかんだ。
必要なものを大体買った俺たちは東の門から初心者用のフィールドへと出た。
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【初心者の草原】。これが俺たちが今いるフィールドだ。始まりの街の東側に位置するこのフィールドに出てくるMOBはゴブリンやスライムなどのほかのゲームでも出てくるような奴だ。
「せいやっ!」
アクアが掛け声とともに全損しかけていたゴブリンのHPを削り取った。
「どう、スノウちゃん? 戦闘には慣れた?」
アクアが戻ってくる中、ラブリ姉さんが聞いてきた。これまでに、俺たちは数回の戦闘をしている。今日はサービス初日とあって、フィールドにはたくさんのプレイヤーで賑わっている。プレイヤーがたくさんいるため、MOBも少し取り合いになっている。
「うん、戦ったのは少しだけけど、大体なれたかな」
「それはよかったわ」
ラブリ姉さんはちょっと安心したような顔をした。なんだかんだ言って、俺のことを心配していたようだ。それはありがたかった。
「スノウお姉ちゃん。これからどうするの?」
「そうだな。二人はどうするんだ?」
俺はアクアとラブリ姉さんの予定を聞いた。
「あたしは、四時ぐらいから、βの時に知り合った子達と落ち合う予定」
「私も同じようなものね」
二人とも予定は四時だそうだ。今は三時。もうそろそろ別れた方がよさそうだ。
「それじゃあ、ここで別れようか? 二人とも余裕があった方がいいだろ?」
「良いの? スノウお姉ちゃんVRMMO久しぶりだから、もうちょっと付き合う?」
「大丈夫だ、アクア。だいたい勘は取り戻せた」
「じゃあ、街に戻ってパーティーを解除しましょうか」
ラブリ姉さんの提案に従って始まりの街に戻ってパーティーを解除して、それぞれ分かれた。俺はとりあえず、まだ狩りがしたかったので、フィールドに出てみることにする。
ラブリ姉さんたちの情報によるとこの始まりの街のある島は無数にある浮遊島の中でも一番の面積を誇っているらしい。名前は【浮遊島・ディセント】。最初はこの島を攻略していくみたいだ。始まりの街は島の中央部にあり、北側には山岳地帯、西側には森林、南、東側には草原が続いている。MOBの強さ的には東、南、西、北と強くなっていくらしい。俺は取り合えず東、南は吹っ飛ばして、西側に行くことにした。ギフトの効果でステータスが四倍にもなっているから、大丈夫だろう。
―――――――――――――――
大丈夫だと思っていた時期がありました。いや、MOB自体は大丈夫だった。だって、もともと、仮想空間では動ける方だし、ギフトの効果もある。そこいらのMOBには遅れをとらない。だけど、森、【悠久の森林】というフィールドに入ってMOBを倒していたら結構奥に入ってきてしまって、迷いました。
「ほんとにここどこだよ」
俺は森の中で開けた場所、【セーフティーエリア】の中で休んでステータス画面を見ていた。この森にはまだ、上級プレイヤーしか来ていないのか、時々ちらほらプレイヤーを遠くに見る程度。だから、結構MOBを倒した。その結果、称号の効果もあり、みるみる内にスキルレベルが上がっていく。成果はこの通りだ。
【蒼海の天剣・Lv1】【剣刀二刀流・Lv20】【アクロバティック・Lv18】【魔導・Lv17】【調教・Lv1】【鷹の目・Lv15】【魔眼・Lv10】【魔王・Lv17】【生産王・Lv1】【精霊の愛し子・Lv1】
結構魔法も積極的に使いました。俺的には風と雷が使いやすかった。しかし、一回全部の属性を使ってみようとして、火属性を使った時は周りに燃え広がりそうになって焦った。慌てて、水属性の魔法で消し止めたけど。ここでは魔法といっているけど、本来の名前はマジックアーツ。魔法のほうが本物っぽいってわけでこっちの方が普及している。
しかし、育ちすぎだろ、使わない奴は全然育ってないけど、よく使う武器スキルはもう二十に到達した。剣刀二刀流のスキルレベルが五を過ぎたあたりから、アーツ、つまり、技が覚えられた。今、覚えているアーツは三つ。【ダブルスラッシュ】という高速で敵に向かいながら切り込むアーツと、【パワースラッシュ】という力技といえる剣のほうの技、最後に【ゲイルスラッシュ】という刀の技だ。特にダブルスラッシュは使いやすい。ダッシュする距離がかなり長いのだ。それに調節もできる。今の戦法は、鷹の目を使って敵を探して、ダブルスラッシュで先制攻撃をして有利に戦闘を運ぶようにしている。
「さて、どうにかして戻らないとな」
時刻は五時。あと一時間ぐらいでいったんログアウトしないと、夕食の準備に間に合わない。ISOは現実の時間とリンクしているため、現実で夜になればこっちでも夜になる。夜になるとMOBが活性化して強くなってい言ってたし、暗くて戦闘もしにくい。まあ、俺の場合は鷹の目があるから心配いらないと思うが万が一という場合もある。
だから、帰りたいのだが、なにぶん森の深い位置に来てしまったのか、どっちに始まりの街があるかわからない。太陽の位置で、方角はわかるから、東に向かって歩いていけばいいんだが、森が全然終わらない。そこで、偶然見つけたセーフティーエリアで休んでいたわけだ。
「さて、行くか」
俺は独り言と共にセーフティーエリアを出て、東へと向かった。ただ、なんとなく同じところをぐるぐる回っている気にもならない。
敵も適度に相手をしながらだいぶ歩いたところで、目の前にちょっとした違和感。なんか、視点が合わないというか、ゆがんでいるというか。まあ、気にしなければどうということのないほどの違和感だが、ゲーマーの勘が告げている何かあると。
俺は違和感がある方に行くと、何かの薄い膜を通り抜けたような感覚が。
「は?」
俺はそこで間抜けな声を出してしまった。薄い膜を抜けたと思ったら、目の前にはかなり大きな面積を誇る神社が。なにこれ?
まあ、興味本位で近づいてみると、その大きさが分かる。まだ鳥居もくぐってないのに、大きく見える。そして、鳥居をくぐるとシステムアナウンスが流れた。
『緊急特殊クエスト開始。クエスト名【九尾の狐に自身が力を示せ】』
まさかのクエスト開始だ。クエスト名から言って戦闘系だろう。俺がそう決定づけると、俺の目の前、本殿の前が明るくなっていった。そして、急激な発光になったとたん一瞬で消える。俺の目の前に現れたのは金色の体毛を持つ巨大な九尾の狐だった。
開始一日目での特殊クエストの開始。さてはて、どうなるのでしょうか。