第二十六章 戦いの先にあるもの
ナランテ地方領主モロウは目を血走らせ、声を荒げていた。
「皇太子殿下はご乱心であらせられる!! どこに私がやったという証拠があるというのですか! あの夜、フィーネ皇女殿下を攫ったのは、ヴァンス男爵家のアデルではございませんか!」
「私はアデルがフィーネを攫ったとは一言も言ってないが? いや……そもそもフィーネが攫われたという事実を知るのは、家族以外では皇宮に務めるフィーネの騎士達とフィーネ付きの召使達、そして私が直に話を聞いたヴァンス家の人間だけのはずだ。彼らに緘口令を敷いた内容を、どうして関わりの無い貴殿が知っている」
モロウは青ざめ、杖をつく手を激しく揺らした。
「庭に! 私も庭に居たのでございます!!」
怒ったように声を飛ばすモロウに、ソリストは少しばかり首を傾げた。
「……貴殿はあの時、広間で貴族達とずっと談笑していただろう。私もバイエルも見ていた。貴族達に聞いてみてもいい。さて、広間に居た貴殿が『庭』という場所まで知っているとは……」
「だとしても!!」
モロウはニヤリと笑った。
「他については、私が関わったとは言えますまい」
「皇族の周りで起きた事件の直接的な容疑者達に不自然に共通するものがある」
ソリストが幼い頃、ロンド家の奥方の傍に仕えていた女の召使。
第二皇子邸で仕え始め、シルキーに薬を盛って姿を消した召使。
アデルをヴァンス家へ連れていった、オリヴィアと名乗っていた女。
ソリストはいち早くその特徴に気付き、バイエルに注意するよう言っていた。
「帝国南部のナランテ地方、しかも、その中でもごく一部の地域に存在する訛だ」
「訛?」
モロウは怪訝そうな顔をした。
「訛というのは、自分では気付かない。だからこそ、真似も矯正も難しい。……貴殿も気付いていないように」
「何を仰っているのやら!」
「ナランテ地方領主モロウ侯爵。貴殿と彼女達の使う言葉は、無関係と言うには難しいほど似ているということだ」
「言いがかりですぞ!!」
「では、抵抗せず取調べを受けて潔白を証明せよ。連れて行け」
ソリストの傍らの騎士達が走っていき、モロウを捕らえる。
「ふっ……はっはっは! 取調べなどしている余裕がありますかな? じきに騒がしくなってまいりますぞ!!」
ソリストは連れていかれるモロウ侯爵を一瞥した。
「貴殿が指揮した暴動ならば、既に鎮圧している」
ソリストは隣の小机の上に飾られた月桂樹を見る。
月桂樹の花言葉は「勝利」。
もし皇都に騒ぎが起きて、それが落ち着いたなら月桂樹を元老院の議場まで届けるようにと、ソリストは側近に伝えていた。
モロウは強張った表情を浮かべたまま、議場から引きずり出されていった。
「さて……」
ソリストは議場に居る他の貴族達に視線を戻すと、椅子から優雅に立ち上がった。
「今回の騒ぎを起こした犯人がモロウ侯爵のみではないことも把握している。それにしては規模が大きい。鎮圧はしたが、皇都にも被害が出ている」
月桂樹の葉が所々破かれていた。
皇都の被害状況を、葉を破ることによって伝えよとソリストは側近に伝えていた。
議場の貴族達には重苦しい沈黙が下りる。
「誰を罰し、誰を罰さずにおくかを判断するのは難しい。よって、事件に関わった家にも、保身のために傍観を決め込んだ家にも、モロウの動きに気付かなかった家にも、全ての貴族の家に例外なく二つの処分を下す」
貴族達の視線は、上座に居るソリストに集まった。
「一つは、現在の皇子、皇女の次の世代に限り、皇族の名付け制度を変更する。私の息子フーガの家名は、グリス・ソルフェージュから、私と同じリズム・ソルフェージュに改名をする。弟バイエルに子が生まれた場合、そして、妹フィーネが貴族と結婚した上で皇籍を離れなかった場合は、その子供達の家名もリズム・ソルフェージュとする」
貴族達の中には、不可解そうな顔をする者も居た。
皇位継承者達の名付けの変更が『貴族』に対する罰なのだろうかと。
だがその一方で、ソリストの言葉の意味を理解する貴族達は多かった。
オルヴェル帝国の貴族の子供は片方の親の家名を受け継ぐことになっているが、皇族の子供は両親の家名を受け継ぐことになっている。
フーガの例をとれば、ソルフェージュ家のソリストとグリーシュ家のカトレアの間に生まれたため、「グリス・ソルフェージュ」という家名が付けられた。
バイエルとシルキーの間にもし子供が生まれていたなら、シルキーの実家のアルザス家の名から、「アルズ・ソルフェージュ」と名乗っていた。
フィーネも貴族の男性と結婚し、かつ皇族であり続けるなら、その子供は男性の家名とフィーネの家名を受け継ぐはずだった。
皇位継承順位の高い者が自分の家名を持つのは、貴族達の中では皇帝の信頼厚い家と見なされる。
さらにその皇位継承者が皇帝に即位するのは貴族達の間で最高のほまれとされていたし、また皇帝も、自分と同じ家名の貴族を特別扱いするのは歴史上珍しいことではなかった。
この処分には、次の世代の皇族と貴族の癒着を防ぐというソリストの狙いがある。
「もう一つは、この元老院に関することだ」
ソリストは議場の隅々まで染み渡らせるように、ゆっくりと言葉を発した。
「20年後を目処に、元老院を解散する」
ざわめきどころでは済まなかった。
貴族達は体面も忘れて取り乱した。
金切り声をあげる者、顔を赤くして怒鳴る者も居た。
「僭越ながら、皇太子殿下は皇帝陛下の名代なのですぞ! 元老院の解散など、じゅ、重大なことを、殿下の独断で決めるなど……」
「陛下と話し合った末の結論だ。私も陛下も、帝国の政治体制を変えるべきだと前々から思っていた」
言葉をなくす貴族達。
「世襲の貴族で構成される議員主導の政治をやめ、広く民衆に門戸を開ける。有能ならば議員として登用し、無能ならば登用しない」
ふ、とソリストは魅力的に笑んだ。
「安心するといい。今ここには、恵まれた家に生まれ、高い教養と豊かな知性を身につけてきた才有る者しか居ないはず。各々の能力が数値化され、可視化されるというだけだ。そうすることで、議会に対する国民の支持も高まる」
くいさがろうとした貴族達が勢いを無くす。
どうやら自信の無い者も多いらしい。
ソリストは気にせずに続けた。
「元老院という名称を引き継ぐかどうかは検討中だ。20年後に滞りなく新しい体制に移行できるよう、本日から法の整備や登用制度の新設などの準備を進める」
こういうのは、相手が混乱しているうちに強引に進めてしまったほうがいい。
我ながらあくどいとは思ったが、後でぐだぐだと理屈をこねられないように、早期に出来る限りの布石を打っておくのは大切だ。
噛み付けるものならかかってくるがいい。
ソリストは椅子に座りなおすと指を組み、泰然として貴族達と向かい合った。




