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ノスタルジア~白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲~(旧版)  作者: 藤咲紫亜


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第二十四章 夢の終わり

 バイエルが何度斬りこんでも、アデルはバイエルの攻撃を防ぐばかりで自分から斬りこもうとはしない。

 不審に思ったバイエルは間合いを取った。


「えらく受身だが、何かこだわりでもあるのか?」

 アデルは、茶化すように困った顔で肩をすくめた。


「僕、剣術の才能は人並みなんですけど、相手の力量を見る目だけは確かなんですよ。とんでもなく強い人相手にこちらから仕掛けた所で、要らぬ隙ができて突かれてしまうだけですからー」


「…………」

 バイエルは藍色の双眸で、アデルの言葉の奥に隠された物を見抜こうとしていた。

 アデルは視線をわずかに逸らして、緊張で詰まる息をふう、と吐きだす。


(やだなー。フィーネ様も怒って逃げる直前、ああいう顔してたんだよねぇ……)

 どうしてモロウに協力しているのか、と問われた時だ。


 ぶつけたくてもぶつけられない、そんな怒りを底に秘めた藍色の瞳をしていた。

(あの時も今も、嘘を言った訳じゃないんだけど)

 思えば、自分がフィーネの顔をまともに見たのは、あれが最後だ。


 怒りに染まった顔も酷く綺麗だった。

(あ。いけない、口に出したらフィーネ様に殴られる)

 バイエルは恐らく気付いてしまっただろう。

 自分がフィーネと、彼女の家族を傷つけない約束をしたことに。


 モロウは恐れ多くも、彼女の父や兄、甥の命を狙って皇宮に兵を率いて向かっている。

 自分には、その兵達を止めるだけの権限も力も無い。


 バイエルの腕が立つのも確かだが、彼女の家族に自分は決して『攻撃しない』という形でしか、彼女との約束は守れないのだ。


「殿下も今まで、器用に隠してこられましたね」

 アデルがにっこり笑って言うと、バイエルは怪訝な表情を浮かべた。


「『凡人極まりない第二皇子』。そう思わせておけば、貴族達の油断を誘えますもんね。今回みたいな時に、殿下は皇帝側のダークホースになり得る訳だ」

 アデルの灰色の瞳が、冴えた光を宿す。


「貴族達にとって本当に恐ろしいのはソリスト殿下じゃない。あのかたがいくら天才で有能でも、華やかな光の中で生きる以上、身動きが取りづらいはずです。対してバイエル殿下。殿下は、兄君の影で目立たないからこそ、その第二皇子という立場を活かして帝国内をどこまでも自由に駆けることができる。殿下のことだ。元老院の貴族達に手を焼いているソリスト殿下のために、軍にクーデター鎮圧の指示を残してきたんじゃないですか?」


 バイエルはそれには答えず、目を細めてアデルを見た。

「お前こそ、よく今まで本性を隠していたな」

「本性だなんてそんなー。さっき言ったように、僕は人の力量を測る能力だけが取り得なんです」


「勝ち目が無いと分かっているのにモロウに従ってフィーネを拐かしたのは、ヴァンス家の両親を守るためか?」

 アデルは苦笑した。

(殿下は本当に鋭い)


―――お前が裏切った瞬間に、ヴァンス家の使う井戸に水銀を入れる。わしの配下の者は、いつでもヴァンス家の近くに潜んでいる。いいか、お前が変な動きをした時はすぐにだ。全ては………


「違いますよ。全ては、僕の意思です」

「……………そうか」

「分かってますよー。殿下が兄君のように『お優しく』はない人だということも」

「それは幸いだ」


 脅す手間が省けた、という言葉と共に、バイエルの剣が閃いた。

 アデルはこれを受け、跳ね返す。

(多分これが、フィーネ様と過ごした時間の対価なんだろうな)


 身に余る幸せを享受した罰だ。

 当然、受けるべきところの。



   ☆☆☆



 フィーネが小高い丘の上にある屋敷に着く頃には、空腹と脱水症状と疲れが極限に達していて、よろよろと色んなものを支えに歩いているような状態だった。


 途中、門番が倒れていたのは、恐らく次兄が蹴散らしたのだろう。

 ようやくたどり着いた屋敷の玄関の扉を開けて、フィーネは小さく悲鳴をあげた。


 奥の大きな階段にもたれるように、灰色の髪の青年が倒れている。

 おびただしい血が彼を中心に広がり、階段を伝っていた。


「アデル!!」

 フィーネが疲れも何もかも忘れて駆け寄ると、アデルはうっすらと瞳を開いた。

「フィーネ様……どこに、行ってたんですか? 心配したんですよ……夕食も食べないで、綺麗な髪まで……」


 げほ、とアデルが咳をすると、唇の端から新たな血が溢れてくる。

「もういいの、分かったわ。ごめんなさいアデル……!」

 美しく整った顔をくしゃくしゃに歪めて、フィーネは祈るように両手を握り合わせた。


 アデルはへら、と笑うと、そのフィーネの手の上に自分の手を重ねる。

「外は寒く、なかったですか? ……ふふ、ドレスに葉っぱが……沢山ついてますよ。」

「アデル……!!」


 フィーネはついに堪えられず、ポロポロと涙を零した。

「ご存知でしたか? 赤と白の薔薇の花言葉……他にも、贈りたい花は沢山あったんです……」


 アデルは最後に、大人びた優しい微笑みをフィーネに向けた。

「もっと一緒に、居たかった……」


 地面に引き寄せられていく彼の手に、つらそうに閉じられた彼のまぶたに、フィーネは混乱した。

 手の震えが止まらない。

 耳の奥で心臓の音がどくどくと聞こえてくる。


 涙のせいだけじゃない。視界が灰色のヴェールに包まれたように、あらゆる光が遠く弱く感じられた。

 世界はこんなに暗かったの?

「アデル……」

 笑って。


 床に落ちた手をすくい上げ、ぬくもりを求めるように何度も撫でる。

 でも彼の手は前のように“大丈夫”と握り返してはくれなかった。

 

 どうすればよかったのか。

 まるで何も考えられない。

 考えられないのに、頭が胸の痛みを紛らわせるために何かを考えようとしているのを感じた。


 明日もこの屋敷で朝を迎え、枕元には摘んだばかりの薔薇が。

 いや、もう二度とそんな朝は来ないのだ。

 誰かが、コツコツと歩み寄ってくる気配を感じた。

 それが誰なのかフィーネにはすぐに分かった。


「……バイエル兄様……」

「加減ができなかった……すまない」

 フィーネはふら、と立ち上がると振り返り、兄にしがみつくようにして大声で泣いた。

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