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ノスタルジア~白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲~(旧版)  作者: 藤咲紫亜


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第二十三章 枯れた白薔薇

 フローレの屋敷。

 バイエルはアデルの前で、懐から一通の手紙を取り出した。


「兄から預かった、ヴァンス男爵夫人からの手紙だ。何と書いてあると思う?」

「さぁ?」

「『アデルは私の実の息子ではない』……符号が合いすぎると思わないか」


「わざと『そう』仕立て上げようとしてるかもしれませんねー」

 相変わらずへらっとした笑顔でアデルは言ってのける。


「お前は自分が何者だと考えている」

「そうですね……」

 アデルの瞳に、かすかに昔を懐かしむような暖かい光が宿った。


「もし僕が心のままに自分が何者かを選べるのなら、僕はヴァンス家の者です。血の繋がりの有無はともかく大切に育てていただきましたよ。貧乏なのに、十分すぎる教養をつけていただいて。申し訳ないくらいです」


「殊勝な意見だな。実際のところ……お前が叔父上の子供だろうが、そうじゃなかろうが、俺には関係ない。ここに来たのは、妹を連れ戻すためだ」


 バイエルは腰の剣を抜くと、アデルに向かって構えた。

「こちらにはいらっしゃらないと申し上げましたが」

 アデルが言い終わる前に、バイエルの剣が閃く。


 アデルはとっさに自分の剣を抜き、その一閃を受け止めた。

「フィーネをさらったのはお前だろう」

 急所を的確に狙ったバイエルの打ち込みに、アデルは恐怖を覚えた。


「ここに居ないのならば、居る場所を吐いてもらう」

「知らないと言っても、信じてもらえそうにないですね……!」

 アデルは腹を決めた。

 結末はとっくの昔に覚悟していた。


 彼にとっては、今ここでその結末が訪れようが、思っていたより早かったというだけに過ぎなかったのだ。



   ☆☆☆



 一方シルキーは、皇宮に向かう馬車の中で猛烈に怒り狂っていた。

 バイエルが自分に話もせずに飛び出していったというのもその怒りの原因だったが、他にも沢山理由はあった。


 第二皇子邸の周囲を包囲するように、周辺の民家に火の手があがり始めたのは、昼前のことだ。

 シルキーは第二皇子妃の特権で、屋敷の警護に当たっている騎士達を消火活動に参加させた。


 そしてバイエルから貰ったチョーカーを身につけ、空腹を堪えて老執事と皇宮に向かうことにした。

 その馬車の中で、執事がうっかり口を滑らせたことが原因で、シルキーの怒りは最高潮に達したのだ。


「奥様。体調はいかがですか?」

「なんともないわ。どうして?」

「私の不行き届きで、奥様が『あのような薬』を飲んでしまわれて……」


 シルキーは執事の言葉を聞き逃さず、好機と判断して切り込んだ。

「私が飲んだ薬が何なのか、知ってるなら教えて。教えなさい。今すぐ。じゃないとクビにして家族もろとも路頭に迷わせるわよ」


 シルキーの迫力に、老執事は途方にくれた。

 だが、薬を飲んだと思われる張本人が何の薬かを知らないというのも、不幸には違いない。

 執事はあくまで親切心から、シルキーに薬の正体を教えた。


「奥様がお飲みになった薬は、恐らく……」

 シルキーは絶句した。

 ああ、こんなにショックを受けてしまわれるなんて、と執事が思う間もなく、シルキーは目くじらを立てて馬車の窓に爪を立てていた。


「ふっざけんじゃないわ! 一体何が原因で私がこんなにストレス感じてると思ってんのよ!! きーーーーッ!!」

 その時、馬車が急停止した。


 殴り合いのような音が聞こえてきた直後に扉が勢いよく開けられ、太い腕が伸びてくる。

 シルキーはドレスをつかまれ、馬車の外へ引きずり出された。


「奥様!!」

 叫ぶ執事も別の男に捕まえられる。馬車を取り囲むように、数人の粗暴な雰囲気の男達が立っていた。


 シルキーのドレスを掴んだ男はがたいの大きな男で、小さく華奢なシルキーを子供のようにぶらさげていた。

 そのシルキーはと言えば、酷く沈んだ顔をしている……と思った刹那、その目がみるみる内に殺意に満ち溢れた。白銀の瞳がらんらんと輝く。


「ちょうどいいところに来たわ……」

「ああ? 聞こえねえなぁ白の姫さんよォ。ん? 良いもん着けてるじゃねえか」

 男はシルキーの首元のチョーカーをもぎ取ろうとした。


「触るなぁぁあ!!!」


 シルキーは凄まじい怒号をあげてヒラリと身軽に身体をひねると、男の顔に両足で蹴りを入れた。

 それでも男がドレスを離さないので、尖った踵で思い切り目つぶしを食らわせた。

「ぐぁぁあ!」


 ぽい、と放り出されるように男の手から解放されたシルキーは、しなやかな身のこなしで着地をすると、目にも留まらぬ速さで男達の間を抜け、執事を捕らえている男の顔に躊躇なくパンチを入れた。


 丁寧に中指をわずかに立てた拳だった。

 この女、ケンカ慣れしてるとしか思えない。その場の男達全員がこっそり心中で思うなか、シルキーは執事を後ろにして立ち、懐から取り出した扇を男達に向けた。


(こんなに家燃やして、どれだけ迷惑なことか分かってるの!?)

(おかげさまで悩み事まで増えたわ!!)

(大体なんで殿下は殿下で私に話そうとしなかったの!)


(言えばいいじゃない!? 夫婦なんだから!)

(そうよ、フローレ行きだって、私もついていきたかったのに!)

(お腹もすいてるのに!!)


 白い瞳が怒りを宿して燃え滾る。

「さぁ、どなたから私と踊ってくださるの!?」

 理由は分かりようもなかったが、間違いなく八つ当たりに近い感情を男達はびしばし感じていた。

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