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ノスタルジア~白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲~(旧版)  作者: 藤咲紫亜


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第二十一章 止まり木はどこに

 ノックをした後、十分に待って、アデルは扉を開けた。

「フィーネ様、夕食ですよー」

 夕日が差し込む室内にキャンドルと夕食を置き、カーテンに手をかける。


 フィーネの部屋の窓からは、庭園の手入れを終えて帰る庭師達が乗った幌馬車と、同じく作業道具を乗せた幌馬車が、それぞれ屋敷から出て行くのが見えた。


 アデルはカーテンを閉めて、キャンドルの位置を調整した。

「庭が随分綺麗になりましたよ。明日はまた一緒にお散歩しましょう、フィーネ様」


 ちらりと寝台に目をやると、毛布の下から赤い髪が流れている。

 ふう、と小さく息をついて、アデルは扉から出て行った。



   ☆☆☆



 屋敷を出てしばらく走った後、町の宿屋の前で幌馬車は止まった。

 庭師達は、今夜はここで泊まるらしい。


 短時間とはいえ、慣れない幌馬車の激しい揺れにフィーネの身体はそこかしこが痛んだが、人の気配が消えた瞬間を狙って、幌馬車からそろりと抜け出す。


 もぐりこんだのは庭師達の作業道具が乗せられたほうだったが、花壇に使ったのだろう肥料の残り香に、フィーネは幌馬車の中で何度も脱走を後悔しそうになった。


 馬車から降りた今も、身体中から乙女にふさわしからぬ芳ばしい匂いが漂っている気がして、フィーネは綺麗な顔をしかめた。


 きゅるきゅる……と情けない音を出す腹に、フィーネは屋敷の中のアデルを思い出す。

 今頃きっと自分にあてがわれた部屋には、アデルが用意してくれた暖かい夕食があるのだろう。


 振り返ると、小高い丘の上に建つ屋敷が見えた。

 ふるふる、と頭を振って雑念を消すと、フィーネは前を見る。


 ショールを頭巾のように頭に巻き、屋敷で見つけた一番地味なドレスを着て、人通りが少ない通りを歩く。


 ここはどこで、自分はどこに行けばいいのか。何をすればいいのか。

 分からないことばかりだ。

 だが、フィーネが部屋を抜け出したことに気付いたアデルが捜しに来ないとも限らない。


 また屋敷に連れ戻されるのは、兄達のためにも避けたほうがいい。

 その一方で、屋敷から離れれば離れるほど、フィーネは何か大事なものを置いてきてしまったような心細さを感じるのだった。


「……フローレ」

 店の看板から、町の名前は分かった。

 だがフィーネは、フローレなんていう町を知らなかった。

「どうやって夜を越そうかしら」

 考えてみれば無一文だ。


 馬車も使えない状況で、年頃の少女が一人で、しかも夜に町から出るのは賢明じゃない。

 安全を考えれば町を出るのは明日の朝になるのを待ったほうがいいが、アデルの手が伸びて、町の出口が封鎖になったりはしないだろうか。


(なるようにしかならないものだわ!)

 フィーネは町を出てすぐの所にある森に隠れて夜を越すことにした。

 いざとなれば町に逃げ込めるし、良い感じに木が茂っていた。


(この匂い……)

 かいだことのある鼻をつく匂いに、フィーネは傍らの木を見上げた。

(これは……シナモンの木かしら)


 枝を折ってみると、強いシナモンの香りがパッとあたりに広がった。間違いない。

 ここで一晩も寝れば、幌馬車の中で移ってしまった肥料の香りは十分消されてしまいそうだ。

 シナモンの香りに酔いそうでもあるが……。


 フィーネは虫に小さな悲鳴をあげながらも落葉をかき集めると、自分用の寝床を作り、うつらうつらと浅い眠りに入っていった。

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