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ノスタルジア~白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲~(旧版)  作者: 藤咲紫亜


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第二十章 鳥籠の鳥は花に酔えない

 噴水の水の落ちる音が遠くに聞こえる。

 緑に埋め尽くされた庭園は、花壇も芝生も木も、割と手入れが行き届いていた。


 普段雇っている使用人は少ないが、たまに、庭園の手入れをしに外から庭師達が来るとアデルが言っていた。

 すっかり日課になってしまったアデルとの庭園の散歩の途中、フィーネは彼に話しかけた。


「何か変わったことはないの?」

「一昨日、ソリスト皇太子殿下が帝国軍総帥に正式に就任したそうです。総帥補佐にはバイエル皇子殿下が就きました」


 フィーネの顔が青ざめる。

「それは……クーデターが起きるということ?」


「ええ。期日は5日後。南部の貴族達が皇都を目指して進軍します。目的は傀儡皇帝の擁立。先々代の御世から、モロウ侯爵家は税制変更などで皇帝に苦水を飲まされ続けてきましたから、不満が溜まってるんでしょう」


 こともなげにアデルは言った。

「何故そんなことを私に教えるの?」

 アデルは、ゆるりと笑む。

「知りたくありませんでしたか?」

 知ったところで貴方には何もできない。


 アデルの笑顔はそうも言っているように見えた。

 フィーネは唇をかんで、アデルをキッと睨んだ。

「ソリスト兄様は負けないわ」

 目の前の青年は少し目を伏せた。


「そうですね、僕もそう考えます」

「……は?」

 フィーネは肩透かしをくらった気分になった。


「元々、オルヴェルは強大な軍事国家です。何千年と続く王朝を支えているのは、歴代皇帝が帝位と共に継承する軍事力の比類ない強さ。それは、モロウやその他の諸侯が群れた程度でどうこうできる程弱いのものではありません」


「ちょっと待ちなさい。貴方どっちの味方なの?」

 アデルは「え?」とキョトンとした後、へらっと破顔はがんした。

「やだなー、僕はフィーネ様の味方ですよー」

「何枚目の舌がそんなことを言うの!!」


「ほんとのことなのにー……ああっ、待ってください!」

 プリプリと怒って歩みを速めたフィーネの後を、アデルは慌てて追いかけた。

「アデル。貴方は何を考えているの?」

 フィーネは厳しい表情を崩さず、横のアデルを見ようともしない。


「勝ち目の無いほうにくみして。自殺行為よ」

「僕はフィーネ様の傍に居られるだけで幸せですから」

「嘘つき!」

 フィーネは立ち止まり、戸惑ったような顔をしているアデルを藍色の瞳で射抜いた。


 その瞳の端に滲むものに気付いて、アデルは息を呑む。

 フィーネは踵を返すと、赤い髪を揺らして逃げるように走りさった。

 自分の何が彼女を傷つけたのか分からず、灰色の髪の青年は芝生の上に立ち尽くした。



   ☆☆☆



 怒りと、悲しみと、不安とで、ぐちゃぐちゃになった。

 アデルを睨んだつもりが、気付けば涙がこみあげてきていて、それをアデルに見られるのが恥ずかしくて、悔しくて、涙を振り切るように駆け出した。


 その夜もアデルは夕食を運びにきたけれど、寝たふりを貫いた。

 翌朝フィーネが目覚めると、枕元に恒例の摘みたての薔薇が置かれていた。


 しかし、いつもと違う薔薇だった。

 いつもならば赤い薔薇が一輪置かれているのが、その日は白い薔薇も添えてあった。

(赤い薔薇と、白い薔薇……)


 寝起きの頭にかぐわしい香りが柔らかな刺激を与えてくる。

 ふと、白い薔薇が好きだと言ったアデルの顔が浮かんだ。

(……分かっててやってるのかしら)


 赤い薔薇の花言葉は、『情熱』、『貴方を愛する』。

 白い薔薇の花言葉は、『純潔』、『清純』。

 だがこの二種類の薔薇を合わせると、別の花言葉が生まれる。


『結婚してください』

 フィーネは枕に顔を埋めて、長く息を吐いた。

 分かってないに違いない。

(単に、赤い薔薇は私が好きだから、白い薔薇は自分が好きだから、みたいな理由だわ)


 この二つの薔薇に彼が込めたメッセージがあったとしても、よくて赤薔薇と白薔薇を自分達に見立てた

「仲直りしましょうよー」程度の意味しかないだろう。

 だがフィーネは、この薔薇を無視して寝たふりを続けた。


 そうだ。どうせクーデターが起きるのを知っていたって、自分にできることは何もない。

 兄達がクーデターを鎮圧して、助けに来てくれるのを待つしかないのだ。


 不甲斐ない気持ちもあったが、果報は寝て待つのが最善な気もした。

 そうして5日間、毎朝、赤薔薇と白薔薇が枕元に置かれた。


 例の日の朝はたぬき寝入りで過ごしたが、その日の昼、フィーネはあることに気付いた。

 窓から見える庭園で、複数の人間が草むしりや剪定作業をしていた。


 藍色の瞳が大きく見開かれた。

 この屋敷の警備は、緩い。

 アデルと少ない使用人達の目さえ潜り抜けることができれば、きっと脱走も可能だ。


 フィーネは護身用の小さなナイフを懐から取り出すと、鏡の前に立った。

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