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ノスタルジア~白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲~(旧版)  作者: 藤咲紫亜


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第十九章 宝の隠し場所

「訊きたいことがあるのよ」

 中庭の一角で、赤い髪の少女は日傘を持って歩きながら、傍らを歩く青年を用心深く見つめた。

「何ですか?」


 アデルはにこにこと嬉しそうな笑顔を返す。

「どうしてそんなに機嫌がいいの?」

「え、僕が?」

「ずっとヘラヘラ笑ってるわ。前からヘラヘラしてたけど、ここに来てから輪をかけて馬鹿っぽくなってるわよ」


 フィーネの棘のある言葉にも、アデルはショックを受けた様子もない。

「そりゃあ、機嫌も最高に良くなるに決まってるじゃないですか。大好きなフィーネ様と一緒に生活できてるんですからー」


 少女が歩みを止める。

「でまかせはやめたら?」

 兄達によく似た藍色の瞳が、アデルを冷たく睨んでくる。


「貴方が何かの目的があって私に近づいたことなんて分かりきってるのよ。どうせ計画が上手くいってるから嬉しいだけでしょう。諦めなさい。私が貴方を好きになる可能性なんてゼロ。誰が貴方に指図してるか知らないけど、見くびらないでほしいわね。私はそこらへんの夢見るお嬢様達とは違うのよ!」


 アデルは、少しだけ目を伏せて「そうですね」と言った。

「気にしないでください。僕のこれは無意識なんです」

 フィーネはアデルから目を逸らして、苛立ったような息をつく。


 だからその一瞬だけ、彼が傷ついたような、自嘲的な笑みを浮かべたことに彼女は気付かなかった。

 フィーネは中庭を見渡し、屋敷を振り返って、(やっぱり)と思う。


「アデル。このお屋敷の使用人は、さっきのメイド一人だけ?」

 フィーネは先ほど、自分の着替えを手伝ってくれたメイドを思い出した。

 アデルは再び緩く笑んで答える。


「他にも居ますよー。でも、凄く少ないんです」

「私の身の回りの世話、手慣れてるように見えたけど?」

 普通であれば、貴族には身辺の世話をする使用人が複数人居る。


 自らせっせとカーテンの開け閉めをしたり、料理の配膳をしたりする貴族は、間違っても居ない。

 だがアデルは何の抵抗もなく洗濯物を運んだり、食事だけでなくお茶やお茶菓子の用意をしたり、挙句のはてには定期的な部屋の掃除までしていた。


 アデルは、ふふ、と顔をほころばせた。

「やっぱり起きてらっしゃったんですね」

(私は何でこんなに迂闊なの!!)

 口は災いの元。

 だが、アデルの言うとおり情報は一つでも多くほしい。


「訊いてるのよ、答えなさい。……私の臣下なんでしょ」


「僕の家……ヴァンス男爵家は、貴族は貴族でも超貧乏な貴族なんです。領地も少ないし、雇える使用人も限られてて。気付いたら、一人でもある程度の家事がこなせるようになっちゃってました。あ、ちょっとした自慢なんですけど、僕、マフィン作るの上手いんですよ。今度焼いて差し上げますねー」


 フィーネは脱力してしまった。

 お菓子作りが上手い貴族……。

「フィーネ様。薔薇園にいきませんか? 小さいんですけど、僕が管理してるんです」

 アデルはフィーネの手を取ると、ふわりと微笑んだ。


「ちょっと、アデル!」

 ぐい、と手を引かれ、フィーネは慌てて歩き出す。

 うきうきと足取りも軽くエスコートする姿は、まるで飼い主を引っ張っていく犬だ。


「宝の隠し場所にでも連れていくつもりかしら」

 呆れたフィーネが呟くと。

「僕にとっては屋敷全体が、今は宝の隠し場所です。なんといっても、僕の女神を隠してるんですからねー……あいたッ、日傘の先で刺さないでくださいよ立派な凶器ですってそれっ」


「口を縫われないだけ運がよかったとお思い!」

 だんだんアデルに対して容赦がなくなっていくフィーネだった。



   ☆☆☆



 第二皇子邸、バイエルの書斎。

 早朝、オリヴィアと名乗っていた女、クロエの死を知っても、バイエルは「そうか」とかすれた声で呟いただけだった。


 一瞬だけ下に落ちた視線が、再び卓の上の地図に戻される。

 『シナモンの香りのする場所』と彼女は言った。

 帝国南部にある、フローレという小さな町がシナモンの特産地として有名だ。


 バイエルは兄が注意すべきと言っていた貴族の名前を一つずつ思い出す。

(今は、フローレの町はモロウ侯爵の領地のはずだ)

 要注意貴族の中心人物であるモロウ侯爵の領地は広く、屋敷も沢山ある。


 だがフローレのモロウの屋敷は、こじんまりとしたものが一つあるだけだ。

 バイエルは心の中でクロエに感謝した。


 『シナモン』というキーワードが無ければ、無数にあるモロウや他の貴族達の屋敷をしらみつぶしに探すことになっていたかもしれない。

 ここに、妹のフィーネは幽閉されている。

 そして恐らく、『彼』も居る。


 バイエルは兄に手紙をしたためると、早急に届けるようにと言って老執事に渡し、剣を腰のベルトに差した。

「フローレに向かう。すぐに馬を用意しろ。シルキーには、しばらく留守にすると」

「かしこまりました、殿下」


「屋敷の警護は出来る限り固めろ。万一のことがあれば、シルキーを連れて皇宮に逃げ込め」

 皇宮ヴェン・フェルージュ宮殿ならば兄のソリストが守ってくれる。


 バイエルは、シルキーの身の安全を護ってくれるよう手紙に書いていた。

「殿下、護衛をお連れください」

 老執事の言葉に、バイエルは頭を小さく横に振った。


「この屋敷を護る兵の数を減らすのが惜しい。安心しろ。敵もフローレの方に手勢は割けないはずだ」

 今から早馬で向かえば、フローレに着くのは5日後だ。


 同じく5日後、兄は元老院の定例議会でモロウ侯爵と戦うことになっている。

 敵が何かをしかけてくるなら、このタイミングだった。


 国を二分する戦いが起きた時、皇帝につくと思われる貴族達も、皇太子である兄も、議会に出席していてすぐに動けない時を突いてくるだろう。


 議会中に危急の事態に陥った場合は、自由に動けるバイエルが軍の指揮を執るはずだった。


 だが皇女フィーネが敵の手に堕ちたままで戦いを進めるのは、フィーネの身に危険が及びかねない。

 ことをより楽に進めるためにも、フィーネの居場所が分かったのなら、すぐにでも取り戻しておかねばならなかった。


 バイエルはシルキーに言付け以外の何も残さず、フローレに向かって馬で駆けた。

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