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ノスタルジア~白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲~(旧版)  作者: 藤咲紫亜


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第十一章 立場と心

 バイエルの「似合っている」が、贈られたチョーカーのことだとシルキーがやっと気付いたのは、出席者への挨拶が済み、各々が好きな人間と談笑する時間になってからだった。


 シルキーは何とか、皇帝や皇后も居る広間から逃げ出すという失態を免れた。

 意地でバイエルと目を合わせないという方法を使って。

「お義姉様、どこか身体の具合でも?」


 一番に声を掛けてきたのは義妹のフィーネだった。

 大きな巻き薔薇が正面にあしらわれた黄色いドレスがまぶしい。

 クルクルと巻いた赤毛が、肩の上で揺れたり跳ねたりしていた。


「いいえ。なんでもないの」

 と言いながら、シルキーは無意識に首のチョーカーに触っていた。

 気付いたフィーネが、少し目を見張る。


「お義姉様が首元に飾り物をするのは珍しいですわね」

「そう?」

 それで気になるのだろうか、とシルキーは思った。

 非常に首の辺りが落ち着かない。


「殿下がくれたの。……多分、今日が記念日だから」

「まぁ」

 フィーネは藍色の瞳と小さな口を丸くして、シルキーの首元に咲く赤い花をまじまじと見た。


「薔薇……にしては花弁が多い気もしますし、花びらに丸みも厚みもありませんわ。それにこのひだは……」

「フィーネ様、バイエル殿下は……何かあったの?」


 シルキーの問いに、フィーネは不思議そうな顔で目を合わせた。

「何か、って?」

「こんなものを贈ってくるなんて、まだ信じられなくて」


「あら、お義姉様。バイエル兄様だって、ソリスト兄様と同じ親から生まれたんですもの。紳士として、このくらいはしていただかないと」

(「花を贈れ」と言ったのは、私だけれど)

 フィーネは心の中で感心した。


 ああ言われて、ただの花ではなく花の装飾品を贈ったのは、次兄にしては素晴らしい機転だ。

「それに、『魚のほうがよかったか』とか言ってたし……」


 シルキーのボソボソという呟きが聞こえていなかったフィーネは、思いついたように声をあげた。

「カーネーションですわ!」

「カーネーション?」とシルキー。


 フィーネは何かに気付いたように、パチリと瞬きをした。

「お義姉様。赤いカーネーションの花言葉をご存知?」

「いいえ」


「『真実の愛』『愛情』『情熱』……という紅薔薇に似た花言葉と、あと、赤いカーネーション独特の花言葉が、確か……」


 フィーネは目線を一瞬だけ斜め上にさまよわせた後、確かめるようにゆっくりと「『貴方の愛を信じる』」と言った。

 シルキーは思わず、ソリストの傍に居る夫を見つめた。


 彼はこのチョーカーを渡す時、何と言っただろうか。

―――「……お前が何を隠していようと、俺は詮索しない。だから……」

 だから……なんだったのだろうかと、シルキーは考えた。


 信じてほしいという想いから一生懸命に言葉を重ねた。

 あの時バイエルは、何を言われてもほとんど反応しなかった。

 それは、『何を聞いても信じられない』という意思表示ではなく。


『信じているから、もう何も言わなくていい』という意味だったのだろうか。

 シルキーはがっくりと肩を落とした。

 それならそうと言ってほしい。


「バイエル兄様ったら、少しは言葉で伝える努力をしたらどうなのかしら……あぁ、お義姉様っ」

 フィーネに手首を握られ、シルキーはハッとした。

「触りすぎですわ。首が赤くなってます」

「ごめんなさい。気をつける」


 息をついて、フィーネは再度ちらりと、シルキーの首に飾られた見事なチョーカーを見た。

 シルキーの白い髪や瞳、肌に、大きめの赤い花はよく映える。


(それにしても……)

 首飾りを異性に贈るのは独占欲の現れだという噂を、次兄は恐らく知るまい。


 その噂が本当なら、周囲の人間に興味関心を示してこなかった次兄が、義姉にはある程度の執着を持っているということだ。


 バイエルとシルキーの仲は良いと言えるものではなく、今の状態では子供など望めるはずもないということをフィーネは分かりすぎるくらい分かっていた。


 シルキーから具体的な相談を受けたという訳ではない。

 次兄夫婦が不自然なくらい余所余所しいのは近くに居る時間が長い人間なら誰でも察することだ。


 長兄ソリストと次兄バイエルは、見かけは似ている方だが、柔軟性という点で大きく異なっているとフィーネは思っている。


 ソリストは父帝が決めたグリーシュ家のカトレアとの結婚に戸惑うこともなかったし、結婚後も仲睦まじい姿をよく見かける。


 同じようにアルザス公爵家の白の姫君と結婚をしたバイエルの方は、どうも妻との付き合い方で勝手が掴めない様子だった。


 カトレアとシルキーの性格だって勿論違う。

 深窓の令嬢らしく、控えめで無垢なカトレアに比べて、シルキーは少々我の強さを感じる。

 実の所、結婚相手を逆にしたほうが良かったのだと、ずっとフィーネは思っていた。


 天性の女たらし……もとい、かなり女性慣れしている長兄ならば、シルキーがたとえどんなに跳ねっ返りだとしても上手に手なずけることができただろう。


 不器用な次兄でも、カトレアのようにトゲの無い女性なら、樹木を育てるように時間をかけてゆっくりと親しくなれる相手だと思う。

 それをわざとこの組み合わせにした父帝の考えは、フィーネには理解不能だった。


 長兄夫婦はともかく、次兄夫婦の結婚は失敗だったのだと思っていた。

(読みがはずれたかしら)

 バイエルの贈ったチョーカーと、今夜のシルキーの挙動不審な様子。


 近くに居る人間が思う以上に、バイエルとシルキーは惹かれあっているのかもしれない。


「フィーネ様」

 シルキーの声に、フィーネはハッとした。

「ヴァンス男爵のご子息が」

 義姉の目線を追って振り返ると、灰色の髪と瞳を持つ青年が、少し遠くからフィーネを見つめていた。


 目が合った瞬間、犬のように幸せいっぱいの笑顔を浮かべて手を振る彼に、フィーネは大げさにため息をついた。

「ほっといていいですわ。私、しつこい殿方は嫌いですの」


 ヴァンス男爵の長男アデルは、少し前からフィーネの前に現れるようになった青年である。

 家柄はシルキーの実家に比べるとはるかに格下で軽そうにも見えるが、ソリストと並んでも見劣りしないほどの品の良さが立ち居振る舞いににじみ出ていた。


 フィーネの顔が、ふと曇る。

「お父様が私の夫を決める時、私の個人的な感情まで考えるとは思えません。あの方の行為は無駄以外の何ものでもありませんわ」


 シルキーはフィーネの横顔をじっと見た。

 『フィーネ姫』とも呼ばれるオルヴェル帝国の第一皇女フィーネ。

 ソリストとバイエル、フィーネの三兄妹は、揃って母親譲りの藍色の瞳を持つ。


 上の二人の皇子は、髪の色も母親譲りの金色だが、フィーネは皇帝である父親に似た赤い髪をしており、面差しもどちらかと言えば父親似だった。


 ただ一人父親に似た末娘ということで、皇帝や皇后はフィーネを溺愛しているし、ソリストとバイエルもフィーネには甘い。

 そして皇女というのも、貴族達にとって非常に利用価値のある肩書きだ。


 皇帝の力が強い国だからこそ、その皇帝の姻族になってしまえば、その権力の恩恵にあずかれると踏む貴族は多い。


 だからこそフィーネに近づく貴公子達はすべからく皇帝や兄皇子達から睨まれ、精神的に肉体的に、ある時は経済的に圧力をかけられる。


 ちょっと前にフィーネに強引に迫ったある伯爵家の子息は、領地を取り上げられてほぼ無一文の状態で田舎の片隅に追いやられた。

 それが見せしめになったのか、以来、公の場でフィーネに近づこうとする貴族はめっきり減った。


 そんな中、嫌味や皮肉をのらりくらりとかわし、刺客の攻撃を軽くいなし、度重なる嫌がらせにもめげずに、アデルだけはフィーネにアタックし続けている。

 彼は道化の振りをしている……と、シルキーは思う。


 フィーネに冷たくあしらわれて、酷く傷ついたような表情を浮かべる彼を見たことがある。

 でもそれも一瞬で、すぐにいつものような笑顔を浮かべて、フィーネに話しかけていた。


 あの束の間の捨てられた子犬のような表情こそ、彼の飾らない心だと思いたい。

 フィーネも恐らくは彼の純粋な気持ちには気付いている。

 気付いてはいても、応えようがないのだ。


 彼女の結婚は政に関わってしまうことだから。

 男女の惚れた腫れたは、面倒なことだ。

 周りが思うように簡単にはいかない。


 受け入れなければいけない現実と心が望むものとの狭間で、当事者達が一番苦しむ。


 ソリストの結婚式の日の鐘の音と、張り裂けそうな胸の痛みが蘇ったような気がして、シルキーは胸を押さえた。

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